ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

お楽しみは最後まで

 

 最近になってようやく、『楽しみ』という感情が人並みに芽生え始めた。この夕食は唐揚げで締めようとか、次はあの曲を熱唱しようとか、 少し先の未来に対する高揚感は無いわけではなかった。そういったものを「短期的楽しみ」と呼ぶのなら、これまでの私には比較的遠い未来の出来事に希望を抱く「長期的楽しみ」の感情が欠けていた。

 期待はなく、回顧ばかりだった。ただ無抵抗にきたる未来を受け止めて、後になってその良し悪しを振り返ることしかしなかった。この性質は、十代のときに「なぜ勉強しなければならないのか」という疑問を抱かなかったこと黄昏の谷の底に似ていると思う。いくら期待しても抵抗しても、「それ(未来だったり勉強だったりする)」は来るべきときに来るのだし、と私はかなり冷めていた。

 その点、過去とは良いものだった。記憶さえしていれば我々はそれを自由に出し入れして懐かしむことができるし、ときには、それが意図的であれ偶発的であれ、都合の良いように書き換えることだってできる追想と捏造の狂想曲

 そんなふうに過去を重視していた私が、いかにして未来に目を向けるようにになったのか。伊坂幸太郎氏の”ずっとバックミラーばかりみていたら危ないじゃないですか”という例えになぞらえれば、私はいかにして前方不注意の危険運転者でなくなったのか。それは、未来に対する『自由』を得たからだと考えている。

 義務教育から高校、大学、大学院と進むにつれて、当然ながら自由度は徐々に増えていった。やりたいこと、やりたくないことの選択可能性は大きくなるし、しようと思えば所属年数を延長して学ぶことだってできるようになっていった。

 だが、大学院を出て就職した途端、学生時代とは比べ物にならないほどの自由が与えられた。何年でここから出ろとも、何をどれくら学べとも(陽には)言われなくなった。さらに、金銭的にも自由度が増した。小遣いをもらう生活が、バイト代と奨学金で学費と生活費を払う日々へと変わり、今ではなんとお給料を貰っちまっている。

 だから、例えば来月旅行に行くとして、今の私はそれをもっと豪華にしようと思えばできてしまう。有給休暇を使って二泊三日に伸ばせるし、宿のグレードを一段階あげることだってできる。反対に、定められた課外授業でも実習でもないので、気分が乗らなかったらやめちまうことも可能だ。ニトロブースターと自爆装置を搭載した危なっかしい改造車が、私を興奮させる。

 中学時代のバスケ部の顧問は、「いい思い出をつくるために練習を頑張るんだ」と生徒たちを鼓舞していたらしい。だが、「当時の自分は間違っていた」と結論したという。「思い出とは結果的にできるものであって、それを目標とするのはナンセンスだ。今は先のことは考えず、ただ全力を尽くすべきなんだ」と。この教師の考えと、私が導き出した答えは少し違っていた。未来は選べる自由なものなのだから、より良いものにしたいと思うべきだ。自由に懐かしむことのできる『過去』がより良いものとなるように、『未来』に期待して努力や投資をしても良いではないか。

「楽しみだね」と言い合うのは妻と友人二、三人くらいのものだが、そんな車内が私はとても心地よい。『今』を走り続ける道中で、前方にときどき『楽しみ』が見えてくる。それを突き抜ける瞬間も、また通り過ぎてバックミラーでみるときも、それが楽しいままであれば良い。