ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

トンデモ理論ですべて解決

 

 この記事で何度か触れているが、弊所から最寄駅までのショートカットコースがある。車通りの多くない大通りを横断し、とある病院の敷地内の脇道を進むルートだ。このルートの使用が、実は2年くらい前から禁止されている。理由は、病院の敷地内に入る段差で、怪我人がしばしば出るからだ。

 通行禁止令が出て2日くらいはこれに従ったが、「小学生の通学路じゃないんだから、禁止される筋合いはないのではないか」という思いが強く、3日目以降はこのルートを使用してしまっている。しかし、何の理屈づけもなく通行できるほど強靭なメンタルは持ち合わせていないので、毎日毎日、言い訳をしている。「帰りに病院に寄ろうと寸前まで思っていたのですが、今日はやめておくことにしたんです」と。

 先日、この発想が、ある考え方に似ていることに気づいた。それは「イートインスペースでの心変わり理論」だ。ファストフードに行くことを考える。ご存知の通り、店内での飲食は外食となるので10%の消費税がかかる。一方、テイクアウトは食料品の購入とみなされるので、消費税率は8%だ。では、注文時はテイクアウトをしようと思っていたが、提供されてから気が変わって、やはり店内で食べることにした場合、かかる消費税はどうなるだろう。注文時の思考が優先され、8%のままとなる。この制度が導入されたのはだいぶ昔だが、当時は面白い仕組みだなと思った記憶がある。消費税の「心変わり理論」は使ったことはないが、私が毎日念じている「通勤ショートカット理論」の苦しさも、これと対して変わらないのではないか。そう思うと病院の小道で笑えてきた。

 近所のスーパー前の歩道には、2メートルくらいの間隔で「駐輪禁止」の印字がされている。それにも関わらず、一時だからと素知らぬ顔をして、駐輪する人が後を絶たない。保育園も近くにいくつかあり、小さな子どもが走り回るような歩道なので、転倒等の事故を防ぐためにも、駐輪は絶対にやめてほしいと思っている。いや、内心はもっと過激だ。心の底から邪魔であるので、停められている自転車を片っ端から近くの側溝にぶん投げたいと思っている。これも”理論的”に考えると正当化されないだろうか。「駐輪禁止のところに置かれているのだから、これはもはや自転車ではないのだ」と。自転車でも何でもない何か大きなものが落ちていたので、側溝にぶん投げてみまこれに関しては正当化不可能だね。理論ではどうにもならん。法的措置をとるか、純粋な武力で制圧するしかなさそうだ。