ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

感想47『ア・ルース・ボーイ』・『MISSING』

 

75. 佐伯一麦『ア・ルース・ボーイ』(新潮文庫

再読したい度:☆☆☆★★

 何気なく図書館で手に取った一冊。著者は仙台出身で、かつ本作の舞台も仙台だったこともあり、妙な親近感を覚えて読んだ。第4回三島由紀夫賞受賞作。

 進学校を中退し、子連れの同級生の女と生きることを決意した少年の物語。彼の不器用さ、若さからくる熱気、決断力、淋しさをひっくるめて感じられて良い。無職で家もなく、頼る人もいない。自分に素直な好意を抱いているのかいまいち不明な女と、見知らぬ男との間に生まれた血縁のない子どもと、三人暮らし。そんな彼の言動や心情には、共感してやまない部分と、全く共感のできない部分が入り混じっている。そこが一層味わい深い。

 表題の意味を考えることが、本作を咀嚼する第一歩となるだろう。『ア・ルース・ボーイ』のルースは”loose”という単語だ。日本語だと「時間にルーズ」、「ルーズソックス」など濁って発音されて使われることが多い。辞書を引くと、ずぼらな、だらしないなどのネガティブな意味が並ぶが、一方で自由になった、解放されたなどの表現にも使われる。一般的にみれば、否定されるような生き方かもしれない。彼自身、自分はなんてルースな男だと自らを蔑みながら生きている。だが、終末に見出した答えは、明るいとはいえずとも、前向きなものであったと思う。

 最後に、本作の解説にあった言葉が印象的だったので、ここに書き留めておく。

『知性を自慢する知識人は、自分の独房の広さを自慢する囚人のようなものだ』

 豊富な知識を備えていても、著者はそれを自慢するようなことはない。その心意気が、作品を軽やかでいて味わい深いものにしている。

 

76. 本田孝好『MISSING』(角川文庫)

再読したい度:☆☆☆☆☆

 自宅の本棚シリーズ。何気なく手にした一冊だったので、これほどの衝撃に備えていなかった。圧倒された。全体も、細部も好きだ。こういう作品を書きたいと思った。珍しく、感情的に書き出している。

 表題『MISSING』は短編集としての題で、その名の通り「別れ」を主題とした5話が収録されている。別れはどれも永遠の別れを意味するが、語り手となる主人公はおしなべて知的で、どこか飄々としていて、暗い雰囲気になりすぎない。だからといって、能天気な前向きでもなく、この雰囲気がたまらない。

 悲しい過去をもつ、生徒と教師の禁断の恋。目の前で妹を亡くしたショックから、自らを妹自身と思い込んで生きる少女。老人ホーム、事件と後悔と。何ものにも囚われず、自由に生きる従姉妹の奔放さと、その変貌。同級生の死の追想と、「自分だけ」が覚えているクラスメイトの記憶。どれも良くて絞りきれなかったので、全てをダイジェストで書き留めておく。

 冒頭にも書いたが、一つ一つが物語として面白い上に、細かくみると琴線に触れる表現がとても多かった。挙げるときりがないが、いくつか抜粋する:

”小さく微笑んだその顔を見て、僕は考えた。微笑めば美人になるという幸福と微笑まなければ美人にならないという不幸。そのバランスについて。”

”これ以上この話を続けたくないという拒絶。それでいてこの話に拘って欲しいという誘い。そして若干の怯え。三つ目が僕の好奇心を煽った。”

”一年に一度っていう人がいたら、僕は迷わずその人に『仙人』の称号を与えるね。でも、大概の人は、一日に一度は頭の中で誰かを殺している。”

”大学なんて良く言っても俗物を集めた動物園みたいなもんだ。空虚な見栄を意味のない知識で包んだ生き物が与えられた檻の中でおたけびを上げているような場所だ。”

”僕はどうして彼女の写真を引き出しにいれているのでしょう。(中略)時々顔を忘れそうになるから。”

”暇つぶしには和英辞典を使うようになった。日本語とそれに対応する英語。ありえるはずのないものを勝ち誇ったように並べているところなど、たまらなく微笑ましい。”

 繰り返すが、著者のような知的で、整然としつつ、複雑な味わいをもった文章を書きたいと思った。知性と味わいの一要素として、どの話にも物語・前提条件のあとに解釈・答え合わせのようなものがある。そこも私の好みにフィットしている。面白いだけでなく、創造欲を掻き立てられる一冊と出会えてよかった。