ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

感想46『アルバイト探偵 調毒師を捜せ』・『わたしの好きな季語』

 

73. 大沢在昌『アルバイト探偵 調毒師を捜せ』(講談社文庫)

再読したい度:☆☆☆☆★

 昔にシリーズ1作目を読んでおもしろかったので買った続編の短編集だ。そのまま長いこと放置してしまっていたせいで、序盤は登場人物を忘れかけていたが、前作を読み直す必要はなかった。登場人物の強烈なキャラ立ちそのままに、短編狭しと縦横無尽に主人公「アルバイト探偵」が活躍する様は、前作と変わらず痛快だった。

 裏返しになるが、全ての話が短編で終わってしまうのがもったいなく感じた。味方も敵役も魅力が溢れ出てとどまるところを知らず、もっと続きが読みたいと思ってしまう。いや、そこで結んでこそ、このおもしろさなのかもしれない。欲を出さずまとめ上げるあたりも、格好いい。

 主人公の父親は、酒に女にギャンブルにとだらしないのだが、元凄腕スパイというだけあって、いざとなったら頼りになることこの上ない。そんな父親がある種「人質」にとられてしまう表題作は、主人公が最も追い詰められると同時に、最も活躍する一作となっていて、好きだ。

 

74. 川上弘美『わたしの好きな季語』(NHK出版)

再読したい度:☆☆☆★★

 図書館シリーズ。著者の『蛇を踏む(感想28)』のイメージがかなり強烈だったので、本作を見つけたときは、この方も俳句を詠まれるのだな、一体どんな季語を選ばれるのだろう、と興味をもち、衝動的に手に取った。

 意外にも、といってしまうが、季語、俳句の選出に奇抜なところはなく、季語にまつわる解説というかエピソードはむしろ日常的かつ庶民的で、ちょっと卑屈な考え方などを含めて、著者に対する親近感を生むことこの上なかった。俳句だけでなく、一つ一つの季語にまつわるエッセイが楽しめる、変わった一冊だった。

 一つだけエピソードについて触れたい。秋の季語「良夜」のページの話だ。良夜とは月のよく照る晴れた秋の夜のことだが、そんな夜にひとは何をしているでしょう、という問いから文章は始まる。著者が「読書」に次いですることは「テレビのドキュメンタリー鑑賞」だそうだ。しかし、その楽しみ方が少し変わっている。画面にうつる「物」を楽しむのだそうだ。訪ねた家にある絵、花瓶、小物、道路沿いの看板、家々の窓、海岸沿いの漁具、などなど。番組は必ず録画して、気になる「物」のうつる一瞬で一時停止して、じっと眺めるのだそうだ。

 著者は、これらの「物」とは、小説や詩の中での「細部」にあたるのだと言う。

今そこにある細部を見ることで、フィルムの背後にある膨大な情報を想像してみる。

 一文を引用したが、この独特な楽しみ方が、著者の鋭い感性と豊かな表現を裏打ちしているように思う。