56. 中村文則『遮光』(新潮文庫)
再読したい度:☆☆☆☆★
冒頭の印象はZAZEN BOYS『ASOBI』の世界観だった(曲を知らない方は下の動画を見ていただきたい)。主人公の男は、女や友達の話を全く聞いていない。バカのふりをして、でも研ぎ澄まされた感性を持ち合わせているふうを装って、本当のところはやっぱり心ここにあらずなのだ。それが曲の内容とマッチする。今まで、曲中の男女を想像するとき、聞かれてもいないのに変な話をしてくる女がおかしいのだと思っていたが、実際は全然話を聞いていない男の方が狂っていたのだと、この小説を読んではっとした。
詳細は伏せるが、主人公の男は狂っている。狂うバックグラウンドは前から整っていた。そして、ある悲しい出来事をきっかけに、脆くも一人の人間が崩壊していく。そのさまを、この小説は生々しく描いている。誰かを演じることでしか、男は正気を保てなくなっていた。自分が本当はどう考え、何を感じているのかが、最早わからなくなってしまっているのだ。自我の崩壊である。
あとがきにて、著者の作品はデビュー作の『銃』と、この『遮光』によって始まったのだと著者自身が述べていた。彼の作品全てに、多かれ少なかれこの『遮光』のテイストが入っているというのだ。私は本作以外、著者の作品を読んだことがない。だが、崩壊すなわち終焉を描いているのにも関わらず、確かに本作には「はじまり」のような気配を感じるし、なにかエッセンスが描かれているように思えてならない。どういうわけか、文章を書きたい欲がそそられた。私も「崩壊」を「はじめ」てみたい。そう思えるような魅力的な作品だった。
57. 東川篤哉『魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?』(文春文庫)
再読したい度:☆☆★★★
冴えない男性刑事と、謎の魔法使いの少女の異色コンビが殺人事件を解決していく物語。四つの短編が味わえる。
作品は倒叙ミステリーの形式をとっている。初めに事件現場が描かれ、誰が犯人かもわかっている。その真実に迫る(、というか図らずも迫っちゃう?)過程が描かれる。刑事や魔法使いをはじめ、登場人物同士の掛け合いのない犯行シーンなんかは説明っぽいところもあるが、そこを過ぎれば滑稽で愉快な会話が楽しめるほか、解決までの謎解き推理も秀逸だった。
舞台はあくまで現実。そこに「魔法使いの少女」だけが非現実として入り込んでる。加減を注意しないとはちゃめちゃになりそうなところを、「適度な」魔法をスパイスとして散りばめることで、絶妙なバランスのファンタジー・ミステリ小説になっていると思う。