ライ麦畑で叫ばせて

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ソニックおじさんの杖に発電機を仕込んではどうだろう

 

 今回は表題のとおり、ソニックおじさんの杖に発電装置を仕込んではどうだろう、という提案と考察をしたいと思う。そのためにはまず、ソニックおじさんとは何者かという説明が必要だろう。

 ソニックおじさんは朝、我が家の近所に現れる老人だ。決まって、駅の方から我が家のほうに向かって歩いてくる。だから、通勤時にしばしばすれ違うのだ。大方、牛丼屋の前ですれ違う。だが、彼は牛丼おじさんではない。その理由を次に述べる。

 彼はいつも杖をついている。腰は前方に80度くらいの角度で曲がっている。体つきは細身、髪は側頭部に薄く白髪が生えている程度。そして、歩くのが速い。とても速い。通勤時に私のするような早歩きでは到底追いつけないくらい速い。その速さは、競歩選手のそれに近いように思う。

 そんな足の高速回転に追いつく必要があるので、杖をつくテンポも恐ろしく速い。常軌を逸している。何かに例えようとして思いつくのは、高速の餅つきだ。正月にテレビでしばしばみる、杵で餅をつく手も、餅を濡らし返す手も高速な、あの特殊技能である。ソニックおじさんの杖をつく速度は、あの杵の速度に匹敵する。その動き、限りなく音速に近し。これがソニックおじさんのソニックおじさんたる所以である。

 ソニックおじさんに限らず、腰の曲がった老人たちをみて浮かぶ共通の疑問に、「この人たちは前方が見えているのか?」というものがある。彼らは、ごく近い足元しか見えていないようなのに、案外、障害物にぶつからないのである。ソニックおじさんもまた然りなのだが、歩行速度が常人とは異なるので、すれ違うのに恐怖を感じる。腰を曲げ、禿げ上がって流線型が誇張された頭を突き出し、アスファルトとの摩擦で火花が上がるのではと思われる勢いで杖をつき、前方を見ずに音速で突進してくる。その姿、魚雷のごとし。その心意気、猛将のごとし。

 ソニックおじさんのスピードは、他ならぬ彼の足の高速回転が生み出している。音速を生み、音速に耐える強靭な足腰。ここで一つの疑問が生じるのだ。強靭な足腰──? 杖、いる──?

 

 現代には、物理的な接触が生む「圧力」を電気エネルギーに変える機構が存在する。この機構は、扉の開閉やウォシュレットのボタンに活用されているらしい。常時電気を供給しておく必要がなく、ボタンを押す動作そのものが発電になるこの仕組み。なんとも便利なものだ。

 ソニックおじさんの高速杖つきをみて、私はふと、以前耳にしたこの機構のことを思い出した。そうだ、ソニックおじさんの杖に、この発電装置を組み込んでみてはどうだろう?

 彼の素早い動きをみれば、相当の電力が生み出されるであろうことは想像に難くない。ソニックおじさんが歩くことで生み出される電気。そのおかげで、我々は電車で通勤ができて、家での暮らしも快適、街は夜でも明るく華やかだ。

 火力発電に伴う二酸化炭素排出量の削減にも貢献するだろう。原発事故のようなリスクだって減らせる。生み出されたエネルギーの一部をソニックおじさん本体(ソニックおじさん本体?)に供給すれば、彼は昼夜問わず歩けるから、太陽光発電のような時間的制約だってない。ついでに頭には風力発電の風車を取り付けよう。あのスピードだ。きっとぐるんぐるんまわるぞ。

 以前私が住んでいたまちには、地球環境の破壊を嘆くおじさんがいたが(彼は地球防衛隊)、ソニックおじさんは本当に世界を救うかもしれない。え? あなたの街にも同じような高速杖突きおじさんがいるって? そうか、そうだったのか。我々の生活は既に、彼らのような強靭な心身もった人たちに支えられていたのだ。