ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

感想15『砂の女』・『苦役列車』

 

28. 安部公房砂の女』(新潮文庫

再読したい度:☆☆★★★

 砂とともに人々が生活する村に迷い込む男の物語。『近代日本文学を代表する傑作』と称され、海外での評価も高いようだ。不幸な境遇に抗いつつも、砂にまみれた生活に次第に順応していく過程を緻密に描いている。理不尽さを徐々に受け入れてしまう人間の許容力と適応力の恐ろしさのようなものを、じんわりと感じる作品だった。

 砂との同居も監禁生活も、(少なくとも日本では)現実にありえない状況なのだが、読んでいるうちにそれが当然実際に起こっていることのように思えてくる。非現実を当たり前に落とし込む技術は、これまでに取り上げた作家だと川端康成筒井康隆に近いものがあると感じた。この空想の舞台がブレずに確かなのは、砂や虫などの性質に関する男の知識の客観性と論理性、そして同居する女に対する男の感情の変化や揺らぎの具体性によるだろう。

 表現法に少し触れると、句読点以外の記号の使用が目立った。文末だけみても、句点の方が珍しいのではないかと思うほど、三点リーダクエスチョンマークを多用していた。これによって、男の微妙な心情の揺らぎを表現し、独白や自問自答をより臨場感のあるものにしているのだと思う。

 

29. 西村賢太苦役列車』(新潮文庫

再読したい度:☆☆☆★★

 第144回芥川賞受賞作。物書きを目指しつつもくすぶったままの男の青年期を描く標題作と、いよいよ文を書くようになった男のその後を描く『落ちぶれて袖に涙の降りかかる』の二編を収録している。薄暗い純文学の雰囲気が全身に沁みた。

 印象的なのは卑屈さと横暴さを兼ね備えた男の思想言動だ。酒癖が悪く、少し親しくなったものには横柄な態度を取ってすぐに避けられる男。そして避けていく者たちを、逆に蔑むような目で見るのだ。そんな男の考え方や行動の背景には、幼い頃に父親が性犯罪者となったことで経験した生活の崩壊からくる劣等感がある。

 たまの日雇い労働で受け取った金で酒を飲み風俗に通う。財布に金はなく家賃は滞納。大家に追い出されては次なる住処を探し歩く。これぞまさに「イギリス的ローリングストーンズ」だな、と少し前の自分の記事(転がる石には苔が生えぬ)が脳裏をかすめた。漠然とした志はあっても行動は伴わず、それでも自分はいつか、何かになれると信じている。自分が上にいくことはしないので、周りを相対的に下に見ることによってのみ、男は自分の地位を保つことができる。そういった弱さうえの強がりや下品さに、どこか共感してしまった。

 しかし、この浮ついた男も、二編目では物書きとなり、ある文学賞の最終候補に残るまでとなっている。素直に表には出さずとも、内心は受賞を懇願し、ぎっくり腰の痛みにほとんど動かせない体を引きずりながら、願掛けに奔走する。そんな姿も人間味があって、親近感がわいた。

 

 

砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)

 

  

苦役列車

苦役列車