ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

感想8『PK』・『今はじめる人のための俳句歳時記 新版』

 

17. 伊坂幸太郎『PK』(講談社文庫)

再読したい度:☆☆☆☆★

 これぞ伊坂というような、バラバラだったピースが綺麗にハマっていく快感──! 風な話だと思いきや、考え出すと時系列や登場人物がうまく噛み合わないちょっと不思議な一冊。三つの中編が、著者の作品にしては些か複雑に、遠いところで繋がっているような感じだ。

 印象的なテーマの一つは「勇気は伝染する」ということだ。勇気を出して何かに挑戦した人や何かを成し遂げた人をみたとき、その勇気は英雄の肖像として別の人の中に残る。それがまた、その人の中で勇気を生み出し、行動を起こさせる。そしてそれがまた、別の誰かに勇気を与えていく。

 三つの中編は舞台もテイストも違っていて、バラバラで読んでもとても面白いと思う。ただ、三つに筋を一本通そうとすると難しい。そうしないと気が済まない、あるいはそれを期待していたという人は混乱するかもしれない。だが、その複雑さが、三つの共通項の一つである「SFっぽさ」をより高めているように思う。

 著者は曖昧な繋がりのままの作品を世に出したりはしない人だろう。「パラレルワールド」がキーワードになると思うが、それを念頭にもう一度読んで、通っているに違いない「正しくもいびつな筋」を確かめてみたくなる作品だった。

 

18. 角川学芸出版編(2003年初版)『今はじめる人のための俳句歳時記 新版』(角川文庫)

再読したい度:☆☆☆★★

 これを読み終えるのに時間がかかってしまった。本来、一ページずつめくって読む類の本なのかは疑わしいところもあるが、読み切ったからには感想集に残したい。

 春・夏・秋・冬・新年の季節ごとに季語と傍題約3000が解説と例句付きで紹介されている。その読み応えたるやおそろしいものだった。分量だけで見れば約620ページと少し長めの小説程度で、そのうえ例句は大きな字で記されていて一ページあたりの語数も小説と比べると少ないはずだが、さすがは世界一小さな詩と称される俳句。一句一句の情景を考えながら読むと、大変な時間を要するのだった。季語についての知識が得られたのはもちろん、十七音の可能性に心底驚かされた一冊だった。

 読み終えての感想を二つほど。まず、季節感のずれについて。真夏の電車内で冬や新年の俳句など読んでいると、体感と脳内の景色がかけ離れてくる。蝉時雨の中でも元旦を迎えられるし、逆に新年早々真夏のビアガーデンを恋しく思うこともできるだろう。夏に夏の句を作るのは当然なのだが、味わうことに関しては季節を限定しない。それが何とも不思議な感覚を作り上げる。

 そして、心意気を内包する季語について。例えば、夏の季語のひとつである「端居」。夏、縁側など家の端に涼を求めてくつろぐことを表す。夕方なら「夕端居」だ。似た季語に「涼し」があるが、これとはニュアンスが異なるのが面白いのだ。「涼し」はどちらかというとストレート。「夕涼み」といえば、日中の暑さを耐え、夕方に少しの涼しさを感じることを表す。それに対して、「夕端居」というと涼しさを求めて夕方に家の端にいること、加えてその涼を求める心意気を暗に示しているのだ。夕方の涼、そしてそれを求めて佇む俺、あるいは、涼しい風、それを浴びつつ物思いにふける私、である。「ハシイ」の三音でなんとも複雑な情景を表せる(ように長い年月をかけて確立していった)季語。なんとも興味深い。