ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

感想51『火花』・『土の中の子供』

 

82. 又吉直樹『火花』(文春文庫)

再読したい度:☆☆☆★★

 図書館シリーズ。言わずと知れた第153回芥川賞受賞作。漫才師を主人公とした小説を私は他に知らないが、芸人としての考え方やネタを集めて、「生まれながらにして芸人」というような人物を創造して語らせることで、一つの小説になることに感心した。電車で読んでいて、声を出して笑いそうになり、苦しい思いをした。印象的なのは、生まれながらの芸人・神谷先輩が、『赤子相手にも、全力で自分の笑わせ方を行使する』ところだ。彼は「いないいないばあ」を知らない。赤子相手に昨晩自分が考えた蝿の川柳を次々と詠んで聞かせる。『尼さんの右目に止まる蠅二匹』狂っている。そこがとても良い。

 芸人たちの軽妙な掛け合いや語りを主体に、詩的で濃密な、純文学的な文章が忘れた頃に現れる。それが妙に際立っている。その良し悪しの判断は、正直難しい。アクセントとも言えるし、これによって調子が狂う感じもする。あと、詳細な説明は避けるが、最後のオチ(神谷先輩の行為)が唐突に思えて、どうもしっくりこなかった。しゃべりで笑わせるところが魅力だったのに、体を張った芸(なのか?)に走ってしまったことが、血迷ったように思われ、受け入れ難かったのだと思う。前提として、軽快で読みやすいからこその感想である。

 

83. 中村文則『土の中の子供』(新潮文庫

再読したい度:☆☆☆★★

 偶然にも芥川賞受賞作が続く。第133回受賞。こちらは重く苦しい感じ。表題作と『蜘蛛の声』の二編を収録している。

 表題作主人公の男は、幼くして親に捨てられ、引き取り先の親戚に凄まじい暴力を受けていた。生きることに執着が無いようでいて、何か本能のようなものが、彼を生かし続けているらしい。「土の中の子供」という題の意味がわかる頃には、彼の歩んできた道が痛ましく感じられ、気が重くなってしまう。彼は、高所からものを落とすことに奇妙な魅力を感じている。その執着は危なっかしく、読んでいてはらはらさせられた。

 二編に共通している話の核は、子供のころに受けた良くない衝撃、仕打ちが、人間の本質を形成するということだ。そこがまた重苦しさを増幅させている。小さな子供に、そんな悲劇(とここでは決めつけてしまうが)の主役を任せてくれるなと。

 同時に、幼少期にそのような経験をした人しか、本作の本質は理解できないのではないか。いや、本当にそんな経験をした人は、本作をエンターテイメントとして受け入れられないのではないか。複雑すぎるのではないか、あるいは、そんな単純に言葉にしていいものなのか。表題作の主人公が「生」あるいは「死」に対する二面性を孕んでいたように、作品自体も、そんな危なっかしい二面性があるように思う。