ライ麦畑で叫ばせて

日常・回想・妄想・数学理科・社会・思考の道草 を軸に書きます。

七番目の曲が終わるとき

 

 痛いほどの寒さに身が縮む。シルバーホワイトの空には雪がちらついていた。縮んだ体は何か悪いことをして、咎められるのを恐れているようで、外界から自分を切り離そうと、右手の親指は自ずと二つ並んだ丸いボタンの一つを素早く二度押していた。イヤフォンから流れる音が大きくなる。「プラスチックか偽物の価値か」用水路の向こう側に見える神社の脇で、焦げ茶に錆びたガードレールが自分自身の人工性を誇示するようにいびつにひしゃげていた。

 舞う白は地面を濡らすほどではないが、寂れた空き家の屋根から滴る雪解け水はアスファルトの一箇所だけをさらに黒くしていた。「Won't you stop this game, deal me out」そろそろ水滴が落ちるだろうか。数十センチも遠回りをしたくない左足は、水溜りを踏みつけて先を急いだ。

 黒いジャージを着た老人は、今日も杖をベンチに置いて、脚をゆっくり上げ下げしている。降りる人があるのに、ずかずかと我先に車内に乗り込むスーツの男に辟易として、右手は再びプラスのボタンへと伸びた。「何て果てしない空! 飛行機雲のらくがき帳」不釣り合いな世界が頭の右後ろに広がって、男のせいで下車にあたふたした野球部らしい坊主頭の青年が余計に薄暗い車内に際立った。

 先頭で地下鉄を降り、階段を駆け上がる。急いでもゆっくりでも、乗り継ぐ電車は変わらないのに。利用者は多くないから、ほぼ間違いなく座れるのに。

「KAPPAのお皿に水がない KAPPAは死んだ きらめく恋がしてみたい 彼女の想像」

 電車の到着を待つほとんどがスマートフォンに視線を落とす中、コートの左ポケットに忍ばせていた文庫本を手に取る。手探りでマイナスを何度か押した。座席に腰を下ろしてすぐ、今度は一時停止をした。文章に身を置くほうが、本当は世界から切り離されるのかもしれなかった。

 地下八階から地上まで、階段を一段飛ばしで冷然と上っていく。「急ぎ足ですれ違う人たち『夢は叶いましたか?』」同じように地上を目指す雑踏の中でも、自分の歩みがとりわけ速いことの理由はまだ見つからない。

 地上に出てはっとする。目の前に広がるのは約一年振りの白い世界だった。山の上の目的地、この寒さでは当然か。「変わってみろよと挑発したとこで世界は今日も臆病だね」ギュッ、ギュッ、と独特の音を鳴らして足は止まらない。本当は、それは自分ではなかろうか。

 道を逸れてそれぞれがそれぞれの目的地へと散っていき、前にも後ろにも、人影はなくなった。途中、何処かから漂ってくる煙草の匂いを嗅いだ。

「海のみえる街へゆこうよ 君だけにみえたあの日を 誘い出して連れてきて」

 七番目の曲が終わるとき、私は目的の建物の前にいた。週五日間の目的地、とりわけ最近は、毎日の目的地。ここは私にとって海をみるための場所であり、そして海などみえないただの鉄筋コンクリートの塊である。

 四十分あまりのありきたりな道中は、無作為に流れた七つの作品だった。この朝がそうであったように、いつもはこうして偶然か、あるいは。

 

* ルパン三世TV第一シリーズ第十一話「七番目の橋が落ちるとき」をタイトルの参考にさせていただきました。