ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

感想29『海賊の世界史』

 

48. 桃井治郎『海賊の世界史 古代ギリシアから大航海時代、現代ソマリアまで』(中公新書

再読したい度:☆☆★★★

 図書館シリーズ。海に出る男として、そして『ワンピース』マニアとして、この歴史を知らぬわけにはいかない。高校では世界史を選択していたが、こういう自分の興味のあることを軸に年表を整理できていれば、少しは理解度が増していたのかもしれない。以下、章ごとに概要と感想を記す。

 

1. 海賊のはじまり

 紀元前、古代ギリシアの歴史の父ヘロドトス著『歴史』にすでに海賊の記述がある。ギリシア神話に掠奪行為が描かれている背景からか、当時は海賊行為を誇らしげに語る風潮があった。大それた行為を実現できるのは、神々に与えられた力の証、という考えだ。ちなみに当時の船への攻撃は、船による体当たり。

 その後、ローマのポンペイウスキリキア海賊を消滅させ、英雄となった。この辺りから、海賊行為は不法な悪業という認識へ代わり、キケロは海賊を「人類共通の敵」とさえ呼んだ。臓器が体内で健康を奪い合う例え話が面白かった。何かの拍子に胃の調子が悪くなる。胃はダメージを残しつつ、腸から健康を奪って回復する。悪くなった腸は、今度は肺から──、と言った具合に、からだ全体が悪くなる。これが海賊が人類全体に起こすことだと言ったのだ。ローマの繁栄によりもたらされた平和「パクス・ロマーナ」により、古代海賊は一時的に影を潜めた。

 

2. 海賊の再興

ゲルマン民族大移動」の一系譜であるヴァンダル族ジブラルタル海峡から地中海をわたり、アフリカ大陸北端の地カルタゴを占領する。そこから、彼らによる海賊行為が横行する。5〜6世紀に海賊行為で成り立った「ヴァンダル王国」は、まさに海賊の国だ。

 その後、ローマ勢力のビザンツ帝国がこの地を奪還した。再びパクス・ロマーナが訪れたかに思われたが、7世紀のイスラームの誕生により、時代の基調はキリスト教世界とイスラーム世界の対立へと移っていく。一本、北ヨーロッパでは8〜10世紀を中心にヴァイキングと呼ばれる海賊が台頭する。

 

3. 二つの帝国

 15世紀、スペイン帝国オスマン帝国の二強体制となる中で、オスマン帝国による海賊行為と、それを撃退するためのスペイン含む神聖同盟という対立の構図が強く現れてくるのだ。そして1571年、レパントの海戦によりオスマン帝国スペイン帝国率いる連合軍が衝突し、オスマン帝国が敗走することとなる。

 

4. 黄金期の海賊

 1492年のコロンブス遠征にはじまるカリブ海域の植民地化は、スペインのアメリカ大陸征服者、いわゆる「コンキスタドール」を生み出した。名称をつけて正当化しているが、実態は掠奪者であり、人類史上最大の海賊行為ともいわれている。ちなみにこの航行は疫病をも運び、襲撃と伝染病でアメリカ原住民は相当数"殺害"されたらしい。

 この頃になると、歴史に名を残す海賊たちが増えてくる。『ワンピース』のキャラクターのモデルとなっている海賊も多く面白かった。まずは、フランシス・ドレーク。イギリスのエリザベス女王が影の出資者となっており、海賊行為により得た財宝を国に納めていたようだ。「イギリスの近代資本主義の基礎は海賊が作った」といわれるほどの資金源となっていたらしい。

 この頃から、政府公認の海賊が現れる。許可のある略奪行為は私掠と呼ばれ、海賊と区別されていた。イギリスの海賊ヘンリー・モーガンの私掠はスペインに大きな打撃を与えた。功績を認められたモーガンは政治的地位を与えられて英雄となった。私掠を引退した後は、逆に横行した私掠を取り締まる立場となっている。

 戦争中は軍艦不足となり、「海賊の相手は海賊に任せる」という例もあったようだ。戦闘での活躍が有名なのはウィリアム・キャプテン・キッドと呼ばれる海賊だ。あとは、スペイン継承戦争で荒廃したニュー・プロヴィデンスのように、かつて栄えた街が海賊の根拠地となることもあった。ここに構えたのは有名な"黒ひげ"エドワード・ティーチだ。

 あとは海賊らしからぬきちんとした船の掟を定め規律を重んじた海賊バーソロミュー・ロバーツ。男社会に男装で潜入して名を馳せた女海賊アン・ボニーとメアリ・リードの活躍も描かれていた。大体の時系列として、彼らの活躍は16〜18世紀と捉えておこう。ちなみに、誰も彼も『ワンピース』のキャラクターデザインで映像が浮かんでしまうが、案外違和感がないのが面白い。

 

5. 海賊の終焉

 北アフリカを拠点に活動を続けていたオスマン帝国のバルバリア海賊だが、18世紀になってヨーロッパ諸国の艦隊がオスマン帝国を相次いで襲撃し、海賊行為をやめさせる和平条約を結ばせた。イギリスの支配下にあったアメリカもその条約で守られていたのだが、1776年の独立宣言を契機に、オスマン帝国から攻められるようになる。当時、「カネで交渉か、軍事力で鎮圧か」という論争が盛んになったそうだ。

 そんな中、1830年のフランスの攻撃で、バルバリア海賊は滅んだ。これにて、古代から続いた地中海海賊は終焉を迎えた。

 

6. 現代と海賊

 現代になると、私掠、海賊ともに国際法で禁止される。また、国家による軍事力あるいは暴力の独占というのも、海賊が力をもてない一因だ。

 一方、海賊はエンターテイメントとして昇華し、映画や漫画などさまざまな作品とした脚光を浴びている。それは、海賊の二面性を裏付けしている。海賊は暴力であり、魅力でもある。秩序に対する反逆性、国家に対する個人、管理に対する自由。そんな魅力が、古代から現代にいたるまでの、海賊の歴史である。