39.中野京子、早川いくを『怖いへんないきものの絵』(幻冬社)
再読したい度:☆☆★★★
図書館シリーズ。題名をみて、怖い絵やらへんないきものやら、人気のありそうな内容のいいとこどりかと思って手に取ったら、まさしくそうだった。だが、そんな安易な取り合わせの枠を超えて、『怖い絵』中野京子と『へんないきもの』早川いくをが実際にタッグを組んで作り上げた作品である。展開は、早川氏が見つけたへんないきものの絵について中野氏の解説をもらう会話形式だ。
絵画どうこう以前に印象的なのは、早川氏のコミカルな発想、疑問と、それらに、いたって真面目に答える中野氏の温度差というか、絶妙なズレだ。思わず吹き出してしまうところが随所にある。さらに、絵画の解説本に収まりきらない、多視点からの観察によって得られる雑学は、知識欲と好奇心が刺激された。
素人ながら、取り上げられた16の絵はすべて独特で良かった。その中でも、今回は特に印象的だった絵1つに絞って概要を記したい。ルネサンス期のドイツの画家ルーカス・クラナッハ作『ヴィーナスとクピド』だ。まずは、絵を見てもらおう。絵はWikipedia(Cupid complaining to Venus - Wikipedia)からの引用だ。
向かって右がヴィーナス、左がクピド(キューピッド)だ。まずはヴィーナスだが、「ヴィーナス」というとふくよかな大人の女性の姿を想像するが、この絵は違う。スレンダーで、ゴージャスな感じがしない。なんというか、未成年の少女のようだ。実は、当時のドイツでは、成長して肉がつき体格が変わってしまう前の、幼なげな女性が美しいとされたらしいのだ。この絵は、そんな背景を反映しているようだ。そう言われると、なんだか妖艶に見えなくもないか。事案ではないですよ。
そして、クピド。悲しげというか、困り顔というか。なにかをヴィーナスに訴えているふうだ。よくみると、蜂にまとわりつかれている。無理もない。手には蜂の巣を直に持っている。この蜂が、この絵の「怖いいきもの」の部分である。「へんな」の傾向はいささか弱い。
「困りましたよぉー、蜂に襲われているんですよ、ぼくぅ」
クピドの声が聞こえてきそうだ。危険性は滲み出ているが、危機感は感じない。ただ、ヴィーナスに不平不満をいっている感じがある。ここから、題名を『ヴィーナスに訴えるクピド』としている場合もあるようだ。
クピドの訴えかけは一方通行かというとそうではなく、ヴィーナスはきちんと返事をしているという解釈らしい。
「クピド、あなたが矢を乱射するから、人間界では愛憎が絶えないの。ハチに刺されるあなたより、人間の方がずっと痛くて悲しいのよ」
ヴィーナスはこういってクピドを諭しているらしい。うむ、愛憎と対峙する蜂。ここに「へんな」感じがなくもない。
この本は、絵画マスターの中野氏の解説の合間に、早川氏の生物的解説が挟まる。これがまた面白いのだが、蜂に関しては、蜂たちがもって生まれた「へんな」感じがとてもよかった。
スズメバチ。これは皆さんご存知の通り、毒が強い。一方、ミツバチ。一対一の戦力差を考えればスズメバチの圧勝に思える。だが、ミスバチはスズメバチのような強敵の襲撃にあうと、敵の周りを無数のはたらきバチが覆うのだそうだ。そして、両者が生命を維持できる温度の僅かな差を利用して、スズメバチを蒸し殺してしまうのだそうだ。釜茹でにされた石川五右衛門もびっくりの刑である。怖いし、へんなの。