32. 小林恭二『これが名句だ!』(角川学芸出版)
再読したい度:☆☆☆☆★
図書館の近いところに引っ越し、文庫本以外の本を読む機会が増えつつある。今回は秀句を作者ごとにまとめて解説しているこちらの本を紹介したい。とても勉強になった。
16人の俳人が取り上げられており、全員についてメモを取りながら読んだのだが、まとめるとかなりの分量なってしまう。そこで、ここでは8人に厳選し、特徴や作品の良さについて箇条書きでまとめた。例句の数もぐっと抑えて、すっきり味わえるように努力した。
なお、同じ語の繰り返しを表す「踊り字」は、横書きでは見づらくなってしまうため括弧付きで注釈した。また、例句の鑑賞を「→」以下に記している。ここには私自身の考えも含まれている。
1. 杉田久女
・ナルシシズムの人。
・作者の意図を超越したがゆえの傑作。
花衣脱ぐやまつはる紐いろいろ(後の「いろ」はくの字点使用)
→花見から帰って花衣(花見に着ていく晴れ着)を脱ぐ。疲れた身体にいろいろの紐がまとわりついている。滲み出る色気と、その姿を客観視するナルシシズム。踊り字も女性的な印象を強くする。体に引っかかっている紐の感じも字余りでうまく表現されている感じ。
2. 川端茅舎
・リアリズム・写生句を唱えながら、実はそこから逸脱している。
・茅舎浄土と称される、啓示的で緊張感のある作品。
露の玉蟻たぢたぢとなりにけり(後の「たぢ」はくの字点使用)
→葉っぱかどこかに露の玉がついていて、それが風で微振動しているのだろうか、得体の知れないものに行く手を阻まれて、蟻がたじたじになっている。露を写実的にとらえているようで、実際は「蟻目線」の空想をはらんでいる。小さな露も蟻にとっては巨大なもの。
3. 中村草田男
・異端でありながら正統の格を得ている。
・心を掴む俗な面と、努力を続ける聖なる面が魅力。
・形式に対する深い理解なしに、形式を破っている?
万緑の中や吾子の歯生え初むる
→万緑の中、子供の歯が生え始めた。強い生命力のぶつかり合いを感じられる。問題は、「万緑」は季語ではなかったこと。「新緑」などではダメだった。「万緑」はこの俳句を受けて季語として認められた。
4. 東京三(秋元不死男)
・俳句評論家あがりらしい慎重な俳句。
・句を破綻させないための苦心。
・一方で重厚、一方で不器用。説明っぽさがある。
向日葵の大声で立つ枯れて尚
→「大声で立つ」までは鮮やかな色の、生命力に溢れた、たくましい向日葵を想像するが、「枯れて尚」でどんでん返し。茶色い不気味さがみえる。構成がよく練られている。時間の厚み、ストーリーがある。一方で、「枯れて尚」は補足的で、どこか説明っぽい。
5. 星野立子
・俳句の呼吸を知る人。
・母性的な安心感。初心者にも好かれる傾向。
美しき緑走れり夏料理
→美味しそうな感じ、夏っぽい爽やかな感じがひしひしと伝わるが、考えてみると具体的な食材の情報はない。詩において当然すぎる「美しい」という語が五文字を占めても不足感がない。日常をわかりやすく純粋な気持ちで詠む。
6. 松本たかし
・甘やかで満ち足りている。
・川端茅舎と対比して、たかし楽土と称される。
・病弱、神経症との戦いという背景。不安のない世界の幻出。
我庭の良夜の薄湧く如し
→月の明るい美しい夜であるがゆえに、見慣れた我が庭の薄(すすき)が湧くように美しく感じられた。「良夜」と「薄」の季重なりだが、特別感の根本たる「良夜」が主体になっている。月の明かりによって、庭も薄も湧き出る感じ。楽土・幻想の世界観。
7. 木下夕爾
・名高い詩人。
・「致死量の孤独」
・俳句の背景に詩がある人。
噴水の涸れし高さを眼にゑがく
→「冬の噴水」という詩が彼の作品にあるので引用する。
噴水は
水の涸れている時が最も美しい
つめたい空間に
僕はえがくことができる
今は無いものを
僕はえがく
高くかがやくその飛揚
激しく僕に突き刺さるその落下
8. 寺山修司
・俳句全集900句の大半は高校時代に読まれたもの。
・俳人から歌人、詩人、劇作家へ。木下夕爾と対照的に、詩・劇の背景に俳句がある人。
・少年離れした硬質な言葉遣いと大胆さ。
(・実は「盗作癖」で有名)
かくれんぼ三つかぞえて冬となる
→時間経過・場面転換・物語が凝縮されている。ゆっくりとした三秒がみえる。友だちといるのにおそってくる孤独、突如として意識させられる冬の寒さが感じられる。