ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

感想14(番外編)『そのケータイはXXで』

 

27. 上甲宣之『そのケータイはXX(エクスクロス)で』(宝島社文庫

再読したい度:-----

 高校生の頃に読んだ一冊だ。ここにとりあげるときは、既読の本であっても改めて読むようにしているが、今回はあえて再読していない。なぜなら、この本には、物語の内容如何の枠を超えた思いがあるからだ。

 当時の私は、本を読む人ではなかった。授業で取り扱うからとか、課題に出されたからといった消極的な理由でしか文章を読まなかった。だが、ある休日に、父が本屋で漫画か何かを買うというのに同行した際、ふとこの本が目にとまったのだった。『このミステリーがすごい! 隠し玉』という文句で売り出されていたそれは、本に親しみのない私をなぜか惹きつけた。

 買って帰ったその日、学校の課題もそっちのけで、寝る間も惜しんで読んだ。分厚い本だが、1日で読み終えてしまったはずだ。かなりの満足感だったと思う。次の日、同じ部活の友人に、「これ、面白いから読んでみてよ」とすぐに貸した。興奮を誰かと共有したかったのだ。その友人も「面白かった。すぐに読み終わったよ」とすぐに返してきたのを覚えている。

 時は過ぎ、修学旅行。京都での自由行動や寺社仏閣巡りを終えて、ホテルに向かうバスの中。何気なく旅行のしおりを開いた私は、今まさに向かっているホテルの名前をみて、はっとした。この名前、どこか目にしたことがある。そして、程なく気がついた。そうだ、アレで目にしたのだ、と。

 バスを降りて、すぐに友人を探した。「ねえ、このホテル」あえて曖昧に問うてみる。「なに?」と友人はまだ気づいていないようだ。「ほら、あの小説の」私はケータイで調べた検索結果を友人にみせた。「うわ、本当だ!」友人は興奮気味に自分のケータイを取り出し、同じように調べ始めた。当時、偶然にも彼と私は同じケータイを持っていた。

 作者は、我々がこれから宿泊するホテルのベルボーイをしながらこの作品を書き上げたのだと、表紙カバーの著者紹介に書いてあったのを覚えていた。なぜ記憶に残っていたかはわからない。作者の生活を垣間見た面白さからか、あるいは、馴染みのなかった「ベルボーイ」という職業の珍しさからか。

 友人と話し合い、仕事の邪魔になるかもしれないということは承知の上で、作者が本当にここに勤めているのか、従業員に尋ねてみることにした。好きな本の作家と対面できる機会などそうはないと、ほとんど有頂天になっていた。あまり社交的ではない私が、少々無理をしたのだった。

 作者は本当にそのホテルで働いていた。だが、残念ながらその日は作者の出勤日ではなかったのだ。それでも、対応してくれた従業員は「渡したら喜ぶと思うから」と手紙を残すことを提案してくれた。私と友人はレポート用紙だったかなんだったか、紙にこの小説に対する熱い思いを綴って、従業員に手渡した。

 また月日は流れ、ある日、私の元に一つの小包が届く。身に覚えのない荷物をはじめは不審に思ったが、送り主を見て仰天した。小包を寄越したのは、なんと、上甲宣之氏だったのだ。中身は、A4用紙にして数枚にわたる文章と、サイン入りの文庫本。

 一ファンである素性の知れない田舎の高校生に返事をくださったこと自体にまず驚いたのだが、さらに驚くべきは返事の内容だ。まず、手紙への御礼と、当日出勤していなかったことを残念に思うとのこと。そして、ここからが興奮するのだが、この小説の裏設定やこだわりなど、普通の読者では知り得ない情報の数々を、気さくに語ってくれたのだ。登場人物に付けられた名前の法則、物語のバックグラウンドにあるテーマやモデル、出版に至るまでの苦労話、──。しかも、友人への手紙に書かれた秘密情報はまた違ったものだから、コピーでもして見比べて欲しいという助言までくださった。その親身な対応に感激した。

 読んだことのある人はわかるだろうが、この物語の展開はジェットコースターのように激しく豪快だ。だが、作者はとても優しく繊細な方だった。この一件から、私は作者の作品を追いかけて、本作の続編や他のシリーズを読み漁った。いま、その一切を読み返してみたいと思う一方で、これは温かな思い出としてそのままにしておきたいという、矛盾した思いも強くある。

 

 

そのケータイはXX(エクスクロス)で (宝島社文庫)

そのケータイはXX(エクスクロス)で (宝島社文庫)

  • 作者:上甲 宣之
  • 発売日: 2004/05/27
  • メディア: 文庫