ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

感想12『永すぎた春』・『交換殺人には向かない夜』

 

24. 三島由紀夫『永すぎた春』(新潮文庫

再読したい度:☆☆☆★★

 一年におよぶ婚約期間を経験し成長していく若き男女の純愛小説。著者の純愛小説というと『潮騒』が思い出されるが、その詳細までを覚えておらず誠に残念に思った。著者の同系統を再読して比べてみたいと思うくらい、美しい話だった。

 物語は、T大学学生の男と古本屋の娘の結婚が「一年後の男の卒業を待って」という条件付きで許されるところから始まる。それから両家の家族、親戚、友人、そして当人自身たちが起こすトラブルを経て、二人は結婚に向かっていく。トラブルとは言ってみたものの、振り返ってみると、二人の間にあった致命的な事件や危機などはいまいち思い出せない。記憶に残ったのは二人の純粋さと、男の母親が話をかき回すのと、娘の兄のキャラ立ちくらいだろうか。

 ともすると味気無くなってしまいそうな緩やかな物語を、本作のように潔白で読み応えのあるものにしているのは、何と言っても筆者の表現力の高さだろう。

僕たちはあんまり公然と許されすぎている。

結ばれることを周囲に認めてはもらいたいが、逆にすっかり認識されて相手にもされないとそれはそれで張り合いがない。 

岸を舐めるさざなみのような寝息

たった一言の修飾だが、想像力を掻き立てる描写だろう。 

百子の咽喉元ぐらい、清潔で、桃の実の肌を思わせるような咽喉元はない。(中略)そこから胸のつつましい膨らみまで、少しもギスギスした部分がなくて、明るい窓を見るようだ。

「桃の実」と「窓」への例え。わかるような、むしろ難解なような。

彼はフィアンセを愛していた。(中略)彼みたいな男には、愛は鋭い神経的な表現は伴わなかったが、暖房の行きとどいている部屋の中にいるようにこの愛情の中に住んでいた東一郎は、突然戸外の寒風の中へ引張り出されて、部屋の暖かさを深く感じたのであった。(後略)

表題がまさにそうで、そして一つ目の引用文にも通ずるが、何かが「当たり前」になってしまうことに注意を与えて、そこまでの過程と克服を繊細に表現された箇所が、非常に印象深い。

 

25. 東川篤哉『交換殺人には向かない夜』(光文社文庫

再読したい度:☆☆★★★

 再読シリーズ。コミカルな語り口と記憶していたがその通りで、加えて視点の切り替え方やキャラクターの立たせ方など、巧みな部分が多かった。シリーズもののうちの一作品のようなので、前後も読んでみたいと思った。

 女性が夫の浮気を疑って探偵事務所に調査を依頼しにくるという鉄板の始まりから、探偵、助手、警察と視点を切り替えながら、事件はゆっくりと展開していくことになる。前半から中盤にかけては、「表題どおりの事件なんだろうなー。コイツとコイツが犯人かなー」とぼんやり思いながら読んでいた。

 しかし、読み終えてびっくり仰天。いい意味で完璧に期待を裏切られた。2度目の読了なのに、結末を全く覚えていなかったのが怖いほどだ。先が読めたなと思った人も、安易に投げ出さずに読み通して欲しい。読み途中に感じる違和感から、忘れてしまうようなちょっとした出来事や言動まで、最後にはことごとく回収されるので清々しい気分になる。2、3の死体が転がっていてもシリアスにならないのは、ギャグセンスとコントのような展開のおかげだろう。