世界は無数の数値で満ちている。それらは大抵の場合、特定の「単位」をつけて用いられる。中学や高校の理科教師たちは、「計算をするときは単位に注意しろ」と口うるさくいっていた。私も塾講師のアルバイトをしていた頃は生徒たちにこの受け売りの言葉をかけていたが、今にして思えば単位というのは本当に重要で、単位がわかればその数値が何を表しているのか、あるいは数値どうしの演算がどんな意味をもつのかを把握することができる。
数ある単位のうち、特に自然科学の分野で用いられるものは全て、たった7つの基本単位の組み合わせで表すことができる。今回は、国際単位系に定められるこの7つの基本単位について簡単にまとめ、それらの組み合わせで表される単位(組立単位)についても触れたいと思う。雑談程度でも、高校生のときにこんな類の話があったら、もう少し理科に関心をもつ人が増えたのではないだろうか。逆に難しい、つまらんと思うだろうか。
1. メートル()
長さの単位である。元は北極からパリを通って赤道までの距離ので定められていた。すなわち、上記の経路は 、地球1周は (4万キロメートル)ということになる。その後、ぴったりにした合金の塊を「メートル原器」としてメートルの定義とした。しかし、表面の酸化摩滅、膨張収縮などで長さが変動してしまうことから、現在は、真空中を進む光の速さを用いて再定義されている(詳細は後述する)。
2. 秒()
次は時間だ。基本単位には秒()が用いられる。元は地球の日周運動に基づいて「1日」のとして定められた(つまり、1日は )。
現在はセシウム133原子の基底準位間の遷移に対応する放射の周期の倍で定義されている。小難しい話になったが、ざっくりと説明すると、セシウム133原子があって、それがあるエネルギー状態から別の状態に移るために必要な電磁波の周期(=1回振動するのにかかる時間)というのがすでに測られている。そして、その倍の時間がだといっている。
セシウム133原子は、で回振動する電磁波を吸収したり放射したりすることで状態を変えるということだ。すなわち、この電磁波はヘルツ()の振動数と言い換えることができる。ヘルツは基本単位を用いれば()で表され、1秒間に何回振動するのか、という単位だ。
さて、ここで馴染みある「速さ(, の方がよく見るだろう)」を定義できる。「長さを時間で割ったもの」という単位が念頭にあれば不要だが、このあたりの計算は、円をかいてT字をかいて、「み・は・じ」や「は・じ・き」と書いて覚えた人も多いだろう。私はある教師から「キ(ティちゃんの)・じ(てんしゃ)・は(やいはやい)」で覚えされられた。キティちゃんは人気があるからキ(キョリのこと)を上にデカデカと書け! と。語呂だけ覚えて、円の中の書く位置を間違える人もいたから、今思えばよかったのかもしれない。
光は(1秒間で地球を7周半!)というものすごい速さであることが、現在は測定によりわかっている。この値は現在の秒とメートルありきな訳だが、1 mはこの値を用いて「光が の間に進む距離」として定義されている。
3. キログラム()
次は重さの単位だ。もとは4(密度が最大になる温度)の水(は)の重さとされていた。その後、長さと同じようにきっちりの「キログラム原器」が作られたが、現在は量子力学の分野でみる「プランク定数」によって定められている。
ここまでくると、力(:ニュートン)や仕事・エネルギー(:ジュール)も基本単位の組み合わせで表現できる。力の定義は「質量 × 加速度(速さの変化率)」だ。という式をみたことがある人も多いだろう。したがって、ということになる。仕事やエネルギーは「力 × 力の向きに動いた(動かせる)距離」で表されるから、だ。
プランク定数は光子がもつエネルギーの最小単位のようなもので、それと、光速と、原子の数と、……とゴニャゴニャやって、たくさんの原子を寄せ集めた結果で は定義されている。どの単位も、かつての定義の方が直感的でわかりやすいが、定義が厳密になるほど過程や理解も難しくなるという印象だ。
4. アンペア()
電流の単位。理科や物理でもこのあたりの話が嫌いだった人も多いだろう。旧定義のほうがわかりやすいといった直後だが、これに限っては現定義の方が”どちらかといえば”やさしい気がする。
は、無限長、無限小の円形断面をもつ平行な2本の直線導体を、真空中に離しておいたとき、2本の間にあたりの力を生むときの電流である。
と旧定義を和訳してみたが、わかりやすいと思う人は少ないだろう。電流まわりにかかる力で定義されていたことになる。
現在は、電気素量(陽子1個の電荷)を (クーロン:に等しい)と定めることで定義される。単位をみると「クーロン = アンペア × 秒」となっているから、アンペアというのはあたりに流れる電荷の数だ。電荷(電子)が流れることで電流が流れる。は、1秒間に個(約600京個)の電荷が流れるときに流れる電流である。
このへんで、「ふざけるな、と習ったぞ! アンペアが定義されたって、ボルトかオームも基本単位にないと計算できないだろ!」と思う人もいるだろう。でも、大丈夫。電流と電圧の間には「消費電力(:ワット) = 電流() × 電圧()」という関係が成り立っていて、電力とは単位時間あたりのエネルギーだから、前項目を参考にすればと書けるのだ。したがって、電圧は、 = = だ。これがわかれば抵抗()も = = となる。電磁気分野に長さや時間、重さが出てくるのは意外かもしれないが、それらとアンペアの組み合わせで単位を表現することができた。
5. ケルビン()
次は熱力学温度の単位。もとは標準大気圧()のもとでの、水の融点と沸点のとして定義されていた。水がで凍りで沸騰するのは、そう定められたからである。ちなみに、最初に定義されていたのはケルビンではなくセルシウス度で、「 」で換算可能だ。 その後、水の三重点の熱力学温度のと定義が改められた。水の三重点とは、水・氷・水蒸気が共存する温度・圧力のことで、温度()・圧力約だ。
そして現在は、統計力学の分野で用いられるボルツマン定数の値をと定めることによって定義されている。ボルツマン定数の単位はだ。に1 を掛けてみる。 は、のエネルギー変化をもたらす温度ということになる(については上述)。
6. モル()
物質量の単位。旧定義は、 の炭素12に含まれる原子数とされていた。物質によって原子1個の質量は異なるので、鉄は、金はだ。の炭素12に含まれる原子数は実験によって徐々に精度よく求められるようになって、現在は(約6000垓)個だと言われている。
そして、実測されたという数をアボガドロ”定数”としてしまって、粒子をその数だけ集めた集合をとすることに定義を改めた。これで、何かを何 集めたとき……という他の単位との関わりがなくなりスッキリとした。一方、個数できっちり定められた分、炭素 はとなったように、あらゆる物質の あたりの質量はキリが悪くなった。
7. カンデラ()
最後は光度の単位。これが一番なじみのない量だったが、皆様はどうだろうか。カンデラは英語のキャンドルと同じ語源とされるラテン語で、その名の通り、ろうそく1本の明るさを1 としていた。
7つの基本単位のうちで唯一、感覚を含む単位である。カンデラの現在の定義は、「周波数(人間の目の感度が最大となる波長;約;緑色光)の単色を放出し、所定方向の放射強度が1ステラジアン(立体角。面積の面積の単位的なもので、の無次元量)あたりである光源の、その方向における光度」とされている。実際に光度を求めるときは、光を波長ごとで分けて電力を計算し、人間の目の感度に相当するフィルタで重み付けしてして積算する。人間の目の感度がきちんと数値化されていることで、明るさという感覚的なものを定量化できている。