今回はお笑いコンビ「シソンヌ」のネタ『密室ゲーム』について書きたいと思う。『密室ゲーム』は芸人同士がネタを交換するという番組の企画から生まれた。シソンヌ同様コントを得意とするコンビ「チョコレートプラネット」の持ちネタをアレンジしたものだ。
内容を知るには下に貼り付けた動画を見てもらうのが一番早いが、見なくとも概要が把握できるくらいには説明するつもりだ。当然ながら、以下は壮大なネタバレとなるので注意されたい。
吊橋があったら渡れ! 無いなら架けて渡れ!
物語は危なげな首輪をつけて椅子に座る女と、画面に映る仮面男の登場で始まる。
「ダメェ〜!」
目を覚ました女が突然叫ぶ。わかりやすい、混乱の様子である。
〈今から私とゲームをしよう〉
画面の男が女に語りかける。女はこの男に捕えられ、怪しげでデンジャラスな何かに巻き込まれたらしい。
「ダメェ〜!」と再び女。だが、この直後だ。女が衝撃の一言を発する。
「好きになっちゃう!」
ネタ開始から十数秒後の発言である。「ダメェ〜! 好きになっちゃう!」女は連呼する。
〈クリアすることができたらその首輪を──〉男はおどろおどろしくゲームの説明をする。なぜなら、女を恐怖のどん底に陥れたいからだ。彼は残忍で猟奇的なヤツなのである。
「好きになっちゃう!」しかし悲しいことに、女は全く聞く耳をもたない。
みなさんも『吊橋効果』というのはご存知だろう。人はあまりの恐怖に直面すると、その「ドキドキ」を「恋による胸の高鳴り」と勘違いする。女はすでにこの吊橋を渡ってしまっている。恐怖に直面して十秒あまりでだ。しかも、男には吊橋を用意した気など毛頭ないのに。
「好きになっちゃう!」
男は困惑する。女の戦慄の表情を、恐れおののく声を期待していたのに──!
〈好きにならなくていいから話を聴け〉はじめはそう言って突き放す。しかし、彼も所詮は男だ。女性にこれほど迫られれば、結局心は傾いてしまう。
〈ありがとう。好きになっていいから話を聴け〉
男はまだ完全に落ちてはいない。女を恐怖させたい気持ちがまだある。だが、すでに女の気持ちを受け入れ始めている。
そして、わずかに心を開いた男に対する、次なる女の発言がこちらだ。
「番犬になっちゃう!」
首輪についた重りを持ち上げながら、女はいう。ここで我々は考えざるを得ない。さてはこの女、ヤバいな? と。恐怖のあまりあらぬ吊橋を渡ってしまったんだろう。そんな同情はここで消える。
「番犬になっちゃう! 吠えちゃう! 野良犬になっちゃう!」
順に解釈するなら、「囚われの身」、「声を荒げた抗い」、そして「野に放たれる自由」である。たった数秒で女は物語を完成させている。
ここまでくると男も内心(あ、やべえヤツさらってきちゃったな)と思っている。〈番犬にはしない! いいから話を聴け!〉というので精一杯なのだ。
恐怖再来?
「ココどーこー!?」思い出したかのように女はこう恐怖する。
〈フッフッフッ──。ここは山奥の〉男も気を取り直して、低い声で説明をはじめる。あらかじめ準備しておいた台詞に違いない。なんだか男を応援したくなってきた。がんばれ!
「ココどこ!? 番犬になっちゃう! 野良犬になっちゃう! ココどぉーこぉー!?」
しかし、女が聞く耳を持たないことは想像に容易い。はじめのうちは〈いいから話を聞け!〉と怒鳴る男だったが、折れてしまうのは男のほうだ。
〈群馬! 群馬県の山です〉
正直に教えてしまうあたり、愛おしい。元来はまともな男に違いない。
「好きになっちゃう──」と女が先ほどまでよりも静かにいう。
〈え、なにが? 群馬が? 俺が?〉
この女、今度は一体何を渡ってしまったのか? そんか困惑が、今度は男にあらぬ橋を渡らせる。完全に女を意識し始めている。
「名前知りたくなっちゃう。だれー?」完全に女のペースである。ずっと女のターンである。
〈私の名前はジャグジーだ〉それっぽく言ってみる男。
「だれー?」〈だからジャグジーだ〉「だれー?」〈ジャグジー〉「だ」〈鈴木! 鈴木タケシだ〉
正直に言っちったのである。
「好きになっちゃう──」
〈誰が? 名前聞いてさらに?〉
そして、落ちちったのである。男のほうが、である。
真の出会い、そして破壊
甘酸っぱい雰囲気も束の間、女がまたも狼狽し始める。首輪のトゲトゲに気づいたのだ。
それをみた男は、首輪は〈頭を一瞬で破壊する〉ヤバい代物であることをおどろおどろしく説明する。しかし、女の反応はこうだ。
「オシャレになっちゃう」
だめだこりゃ。〈ならない!〉とか何とか男は否定しているが、焼け石に水だ。
「お出かけしたくなっちゃう! 買い取っちゃう!」
畳み掛けてきた! と思っていると、今度は女が鼻をクンクンし出す。
「匂っちゃう! 臭くなっちゃう!」ごちゃごちゃ言って女はステージから消える。
〈なんの匂いか言え! でないと対処できない!〉優しい男だ。男には本当にがんばって欲しい。
程なくして戻ってきた女は、「これなにー!?」とトゲトゲの帽子のような拷問器具を持ってくる。
〈知らない。危ないから置いてきなさい〉それは男も知らないモノなのだ。
「あー!!!」
男の忠告に耳を貸さずにそれを被った女は、ビリビリという危なげな音に身を震わせて叫ぶ。
〈何が起きた!? なんだ!? 大丈夫なのか!?〉
男はついに仮面をとってしまう。女に素顔をさらけだすのだ。
「あー!!!」
〈付けるな! 私の装置でそうなって欲しかった!〉
そうだ。男が聞きたかったのはまさにこのような叫びだったはずなのだ──!
「クセになっちゃう!」〈クセになってるの?〉かわいいなこの男。
男が画面から消える。暴走する女を見かねて、男はついに女のもとに姿を現してしまった。出会っちったのである。
「だれー!?」突如現れた男に女は問う。
〈さっきまでしゃべってただろ。好きになっちゃうって言ってただろ〉
さあ、崩壊までのカウントダウン開始だ。3、2、1──
「吐いちゃう」
はい。こうして男の恋は終焉を迎えた。橋は破壊されたのだ。〈好きになっちゃうって言ってただろ〉こんな哀愁漂う言葉は聞きたくなかった!
『今から私とゲームをしよう』ん、別の男が出てきた?
「あー!!!」女はクセになっちってる。
〈誰だ!?〉男は混乱しちってる。
「五臓六腑に染み渡っちゃう!」染み渡っちってる!
こうして物語は混沌としたまま幕を閉じた。いやー、笑わせていただきました。ありがとうございました。