平凡な泥棒と優秀な泥棒の一番の違いは何か?
手先の器用さ,機敏さ,強靭さ,賢さ──。確かにそれらも重要だろうが,実は全て不正解である。
平凡な泥棒と優秀な泥棒の決定的な差,それは「事前調査力」だ。
完璧な下調べ無くして完璧な計画は無く,すなわち完璧な犯行は無い。
もう5か月も前の話になるが,私は相棒のSとジャパンのとある都市へと足を運んだ。
無論,次のターゲットをリサーチするためだ。
その都市の名は「京都」。
この京都という場所は,ジャパンでは大変有名であるらしい。
かつてのジャパンの首都であり,それゆえにジャパンの歴史,伝統,文化を象徴する都市である。
自然に富み名高い寺社が立ち並ぶこの都市は,現在はジャパン有数の観光地として知られているようだ。
ある時,私は独自のルートからこの京都に関する裏情報を聞きつけた。
おっと,つまり優れた泥棒には確かな情報の得られるネットワークも必要だ。それと,信頼のおける相棒が一人。「事前調査力」に並ぶ重要度だが,これらは私個人の力とは少し違う。これらはランキング外のバックグラウンドに置くとしよう。
そんなのはズルいんじゃ無いかって?ズル賢さも優れた泥棒には必要なのさ。
さて,ターゲットに話を戻そう。これが私の得た裏情報の内容だ。
「京都には極々一部の人間のみが知る忌まわしき秘宝が存在する──」
その財宝とは,かつてジャパンに栄えたある国の「設計図」である。その通称は「京都」。
この財宝を掌握したものはこれまでに無い。否,厳密には,この財宝を手にしたものは,必ず消える。コイツを盗み出したものは皆,間もなく謎の死を遂げているのだ。そしていつの間にか,財宝はもとの隠し場所に戻されている。
かつての国を治めし覇者の神聖な力,滅ぼされし王の呪い,とイワクはいくつかあるようだが,そんなものはウワサに決まっている。絶対にカラクリがある。
それを調べ尽くし,「京都」を盗む完璧な計画を立てるのが今回の目的であり,一流の泥棒たる私の腕の見せ所だ。
京都市内に無数にある寺院,その地下の何処かに眠るとされるこの設計図であるが,私と相棒Sの情報網を駆使して,候補は5つに絞られた。
「鹿苑寺(通称金閣)」,「三十三間堂」,「龍安寺」,「仁和寺」,「広隆寺」のいずれかに,「京都」は必ず存在する。
如何に私が優れた泥棒であるといっても,時間と金は大切だ。相棒Sと打ち合わせて,我々はシンカンセンなる乗り物で京都へと向かうことにした。
愛車のベンツSSKで向かうとなると少々時間がかかり過ぎる。プライベートジェットを使う手もあったが,最近の泥棒稼業もそう裕福ではないのだ。
相棒Sとは東京駅で落ち合った。
「わるいな。前の仕事で少々トラブっちまってな。少し遅れちまったぜ」
「何度言ったらわかるんだ。この稼業じゃ時間を守らねえのは命取りだ。とはいってもお前にしちゃあ早かったな。もう少し遅れる計画だったんだが」
「なあに,おれも俗世に毒されちまってよ。お前がいつも言うように,時間と金を大事にするようになっちまったのさ」
時間には少々ルーズだが,Sは信頼できる私の相棒だ。
シンカンセンとは快適な乗り物だ。我々は難なく京都駅に辿り着いた。
腹ごしらえを終えると,時刻は15時をまわっていた。
「さあて,どこから探るか?」
「まずは足を探さねえとな」
「車でもいいが,目的は駅の近くにもあるらしい。時間も時間だ,今日はひとつ優雅にサイクリングってのはどうだ?」
「優雅にか,それもいい。慣れない土地だ,小回りが利くってのも良いかもしれんな」
「決まりだな」
Sは最新の小型多機能端末を駆使し,すぐに有益な情報を入手したようだ。
相棒は私より諜報に長けている。
「ここで自転車が手に入る。どうやら裏じゃなかなか名の知れた情報屋がやってるらしい」
「確かな情報か?」
「俺が信じられねえってのか」
「いいや悪かった。すぐ向かおう」
「いらっしゃい」
出迎えたのは若い女だった。好感の持てる笑顔だ。一般人には純粋無垢に見えるのだろうが,長年裏で生きてきた我々にはわかる。コイツはやり手だ。
「どれくらい借りていきますか?目的地はお決まりで?」
「いえ,それが全然なんです。『オススメ』は何処かな?」
この質問に女の眉がピクリとしたことを,我々は見逃さなかった。どうやらこのやり取りだけで我々の立場を察知したらしい。予想通り,といったところか。
「でしたら地図をお渡ししましょう。この時間からまわるとすれば──,このあたりはどうでしょう」
私と相棒は女を見つめ,無言で頷いた。
「ここは間違いありませんよ」
女は自信に満ちた表情で,ゆっくりと頷き返してみせた。
「良いところを見つけたな。さすがはデキる相棒だ」
「それは今にわかったことでもないだろう。とはいったものの期待以上だ。足に加えて情報も得られて,しかも手頃な値段ときた」
「ああ,あの情報屋のお墨付きだ。初めに目指すは『三十三間堂』だ」
「決まりだな」
ようやく仕事のはじまりだ。
(次回へつづく)