ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

お手本はずっと昔に置いてきた

 

久々の投稿である。

良い報告は全く無いが,迫られていた用事はひと段落,書きたいことが初雪程度に積もっている状況だ。

 

今回は,以前の記事(習字セットの筆は今 - ライ麦畑で叫ばせて)に深く関連している。

 

先の記事を要約すると,

”あるアーティストのコンサートに行って考えたこと。彼らの歌は寸分の狂いもなく,私の知る通りの美しいもので,それをいつもの「リズムに乗らずにじっとしているスタイル」で「良いなあ」と思いながら聴いていた。だが,綺麗なものも良いのだが,滅多にないちょっとした既知からの逸脱(歌の伸び,切れ方などの違い)が何とも良くて,それが「習字のお手本をみせる先生(妄想)」と重なって,コンサート中ずっと良い歌を聴きながらも俺はアホだった”

という話だ。

 

さて,今回の内容は,先の記事で”次の機会にでも”と言っていた私の敬愛するアーティストのライブに行ってきた話である。

 

結論からいうと,私の中で確固たるものだと思っていた「じっとして聴く」というスタイルは,彼らの前で完膚なきまでに崩壊した。彼らのライブに行くのは初めてではないので,厳密には,以前から彼らの前に限っては崩壊していたのかもしれない。

 

対比のために,早速「書道の時間」の妄想を記す。

 

 

 

小学生の頃,私は書道が嫌いだった。

今現在,字がとっても下手クソな私は,当時も当然のごとく字が下手クソヤローだった。

毛筆となると特にひどくて,ダメダメである。

上手く書けない言い訳のように「そもそも,お手本通り字を書いて何の意味があるんだ」などと詭弁を弄する始末だった。

ここまでは,全て事実だ。

 

ある日,書道の時間に担任がこんなことを言い出すのだ。

「今日で,皆さんが持っているこの鈍色の表紙のお手本帳を使うのは最後になります。そこで突然ですが,今日はなんと,その『お手本』を実際に書いた先生をお招きしています。皆さん,拍手でお迎えしましょう」

 

(パチパチパチ…)

 

まばらな拍手の中,黒いチノパンに薄いベージュのシャツ,黒いハットにグラサンという風貌の謎の男が登場した。

片手には筆…ではなくて缶をもっていた。明らかに缶ビールだ。何なんだこのオッサン──。

席に着く我々に向かって手を挙げると「どうも」と親しげに挨拶した。

 

「では早速,先生にお手本帳□ページの『〇〇』という字を,ここで書いてもらいます。皆さん,椅子は持たずに前に集合!」

担任の一声で児童たちはぞろぞろと教卓のまわりに集まる。

「しーっ!」

ガヤガヤする空気に担任が静寂を促す。

 

一瞬の沈黙。

 

すると男がすぐに予想外の言葉を口にした。

「あー,先生,静かにしなくていいから」

 

(…………)

 

担任はおろか,児童もみな口をポカンとあけたまま男を見ている。

 

「お手本の書き方なんてのはもう覚えてませんので,今日はわたくし,好き勝手に書かせていただきます」

 

そういうと,男は「ハアッー!」とか「ヤッ!」とか奇声をあげ,筆をブンブン振り回しながら紙にたたきつけ始めた。

 

担任の顔には焦りがみえ,私を含む児童の顔はただただ茫然としていた。

 

「あの,先生,お手本は──」

「んなものはいいから」

男はやりたい放題を続ける。

途中までは一応「〇〇」という指定された字の原型はあったものの,いつの間にか全く別の字になってしまっている。

 

やがて一人の児童が,じっとしている周りをよそに,男の真似をして自分の筆を振り回し始めた。

それをみた別の児童は,「そうか」と何かに気づいたように,一人,また一人と筆をブンブンし出した。

 

男は男でお構いなしに字を殴り書く。

 

児童達は,男の真似をして筆を動かすもの,男とは関係なしに暴れるもの,一向にじっとしてみているもの,様々だ。気づけば,担任まで筆を両手にノッてきたらしい。

私は,男が走らせる筆の動きの一つ一つが心地よくて,それに合わせて手を小さく動かし,膝をカクカク,首をクネクネしながら,男の動きを楽しんでいた。

適当な殴り書きのようであるが,実は要所要所が非常に緻密であることもわかった。

 

そして何より,最も楽しそうなのは男自身のようだ。

 

「フォーッ!」

ハアッ!

 

男子も女子も我を忘れてお構いなしに,男のパフォーマンスに酔いしれたのだった──。

 

 

 

彼らは,我々が知る曲(=妄想でいうお手本)を披露しようなどとは少しも考えていないのだ。

私の好きな「既知からの逸脱」だらけであるし,しかもそれがブッ飛んでいるところが非常に気持ち良い。

好き放題,動かずにはいられない,といった感じだ。

 

鳴り止まない拍手はアンコールへの思い。

 

「もう一文字書いてー!」

「書いて―!」

「書け―!」

 

口々に発せられる切望に,男は荒々しく,クールに応える。

「貴様に伝えたい 俺のこのKIMOCHIを」

そういって,最後の大暴れが始まった。