ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

生存の道は一つ

 

結婚式とは,煌びやかで絢爛で眩しく,幸せに満ち溢れたものだった。

この類のモノへの抗体をもたない私にとって,それは目を瞑ってしまうしまうほどに神々しく,いささかおぞましくさえ思えて,汗の滲む類の夢のように浮世離れしたものであった。

 

1年前の話になるが,かつての同級生の結婚式に出席させていただいた。

新郎,新婦ともに中学時代の同期であり,私は新郎側の友人として招待されたのだった。

かつては少々やんちゃだった新郎は緊張からか始終動きがどうもぎこちなく,一方,となりの新婦は美しく落ち着いた様子で新郎に合わせるようにしている。

 

ふたりの誓いは温かく,微笑ましいものだった。

素晴らしい,理想のふたりではないか。

 

結婚から挙式まで間があり,既に子供も授かっていたということで,続く披露宴ではふたりの間に子供の姿もみることができた。

素晴らしい,理想の家庭ではないか。

 

理想に満ち溢れた一連の時間と空間の中,ただ一つだけ”非”理想的なものがあった。

それは,私の立ち位置の曖昧さである。

 

新郎は,中学3年生のときの同級生である。

彼はいわゆる「イケてるグループ」に属していて,我々の学級で「五人組」というイケてる集団を形成していたイケイケな男だった。

 

一方,私はこの学級の委員長を務めていた。

無論,イケていなかったので,5人組には入れてもらえなかった。よかった。

 

委員長という立場上,彼ら5人には少なからず手を焼いた記憶がある。

授業を妨害したり,合唱で歌わなかったり,軽いイジメがあったり,窓ガラスを割ったり──。

彼らの代わりに担任に謝罪に行ったこともあった。

彼らにも「迷惑をかけている」と思うところがあったのか,はたまた,あまりにもイケていない私を哀れに思ったのか,単純に面白がっているだけか,理由はどうあれ,私には彼らなりに結構優しくしてくれた。

 

修学旅行の準備の時間だ。

 

自由行動の班決めで,6人で一組を作らなければならないことがあった。

彼らは朝から晩まで5人なので,当然の問題が発生する。1人足りないのだ。

そこで,心優しい彼らは,なんと,イケていない私を班に入れてくれた。

友達の少ない私は「ここの班に○○(私の名)君も入れてあげてくれない?」と担任と一緒に彷徨うことを恐れていたので,入れてくれたときはうれしかった記憶があるような無いような。

 

「これからは6人組だぜ」

 

何時か何処かの戦隊ヒーローが番組中盤に現れる新たな仲間を歓迎するかのようなノリで,5人が舞い上がって小躍りしているのを,私は目をパチクリさせて眺めていた。

 

高校,大学へと進学して,成人式で久々に再会したときも,彼らは私を歓迎してくれた(,と思っておく。もしかしたら,仲間に入れたフリをして,喜んでいるような戸惑っているような私の反応を楽しんでいるだけかもしれない──)。

 

そして,結婚式。

 

新郎側の中学時代の友人として招待されていたのは「6人組」だけだった。

新婦側で同期の女子がそれなりの人数呼ばれていたのもあっただろうが,この人数配分には少し驚いた。

彼の部活の同期とか,隣のクラスのあいつとか,私よりももっとイケてる奴がいたのでは?

とかく,このトリッキーな采配が,私を生死の淵に誘うことになる。

 

「5人組」は,気さくに良く私に話しかけてくれた。

披露宴のテーブルも,新郎を除く5人で一緒だったから,命の危険はなかった。

それでも私の反応がぎこちないのは,まあ,仕方ない。少し怯えていたから。

 

問題は,新婦側の同期達の存在であった。

中学の同期だけで集まった三次会のときだ。

 

正面に座った女性が,私を物珍しい目で見つめていた。

かつても存在を知っている程度で,それほど仲の良いほうではなかった人だ。

ちなみに,新婦の方も新郎に見合うくらいイケていたので,彼女の友人達も当然,イケている。

 

「○○君―,だよね?」

「あ,うん。△△さんだよね,お久しぶりです」

「うん。久しぶり。あの,さ──,■■(新郎)と仲良かったんだね。なんか意外」

「あ,ああ,まあね」

 

銃弾が軽く私の頬を掠めた。何という早撃ちだ。構えが見えなかったぞ。

そんなこと訊いちゃうんだね。しかも,言葉にはかなり含みのあるようだった。

思えば,笑顔の裏の殺意はむき出しじゃないか。単身突入はあまりにも危険だった。でも,もう逃げられない──。

以降は,彼女の言葉と併せて,()内に私が感じた彼女の心の声を記そう。

 

「へぇー,仲良かったんだ(え,なんでここにいるの?誰こいつ?って思ったわ)」

「まあ,3年のとき,クラスが一緒だったし,委員長をやってたよしみもあるしね」

「ふーん。そうなんだ(君,友達いたんだ―)」

 

彼女は銃をもつ私の右腕を無表情で撃ち抜いた。私の銃は,百均で買った水鉄砲だったのに!

もう,反撃のすべはない。

 

「え,他に今でも仲良くしてる友達いるの?(5人組とは馴染んでない感ありまくりだよ?うける)」

「あ,うん。5人の他では(と,一応言っておいた。私は大人だから)──,◎◎(本当に親しい友人の名)かな。結構な頻度で会ってるよ」

 

彼女の目の輝きが変わった。

完全に獲物を仕留めるときの目だ。

 

「え,◎◎君!◎◎君に久々に会いたい!(お前じゃなくて)」

「え,◎◎君と仲良いんだ!懐かしいな,私も会いたい!(お前とじゃなくてな)」

 

援軍が現れてしまった。気づいたら敵に囲まれてるじゃないか。みんなが私を嘲笑っている。

頼みの綱の5人組は──,何故にあっちのテーブル?謀られたか。

 

「ふーん,◎◎君ね―(ホントに友達?友達いんの?ウソでしょ?)」

「意外だわ―(友達いること自体がな!)」

「ハハハハハハ―(顔気持ち悪―い)」

「ハハハハハハ―(帰れよ,いつまでついてくるんだ,って新郎も思ってるよ)」

「ハハハハハハ―(てか,こいつから出席の返事が届いただけでみんな爆笑っしょ!)」

 

腕も脚も腹も胸も撃たれた。ハチの巣状態,満身創痍だ。

無抵抗の人間になんということをしてくれるのだ。

 

それ以降のことはよく覚えていない。

辛すぎて,防衛反応から記憶が消去されているのかもしれない。

 

この瀕死の状態から私を救ったのは,皮肉にもアノ場所で私よりも人気のあった◎◎だ。

彼と会った折,この出来事が辛すぎて自分では抱え続けることができず,話してみたのだ。

 

「ハッハッハ―。それ,めちゃめちゃ面白いな。お前,よく生きていられるな」

 

あ―,よかった。

この残酷な状態も,笑ってくれる人がいるから,ネタになって,辛うじて生きていられるのだ。

「可哀そう」とか「切ない」とか,慈悲の言葉などいらないのだ。

聖職者か僧侶か何かのつもりだろか。でも,それは私にとって完全なる悪魔だ。

 

そうだ,みんな,この哀れな私をもっと笑ってくれ。

それだけが,私が生き長らえる道だ。

笑ってもらえないと,私のこの戦いが,報われないのだから。