ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

感想42『夏の朝の成層圏』

67. 池澤夏樹『夏の朝の成層圏』(中公文庫) 再読したい度:☆☆☆☆★ 漁船から転落し無人島に漂着した男の生活と思想の変化を緻密に描いた作品。正直、10年くらい前の私だったら、序盤で読むのを諦めていたかもしれない。だが、だからこそ、本というものに慣れ…

行く道、帰る道

弊所の最寄駅でも、最近はリクルートスーツを纏った新卒採用者らしい若者が目立つ。背筋を伸ばし、我々の眼前には希望しかありませんといわんばかりの凜とした態度で、車内や改札前でたむろして、彼らは高尚な雑談をしている。あとは、改札を出たところでき…

感想41『木洩れ日に泳ぐ魚』・『空気の発見』

65. 恩田陸『木洩れ日に泳ぐ魚』(文春文庫) 再読したい度:☆☆☆★★ 引越しの荷出しを終えて、がらんとした賃貸アパートの一室で、テーブルがわりのキャリーケースを挟んで向かい合う男女。酒を舐めながも、二人には思うところがあるようで、どうやら喜ばしい…

教師よ、後ろ向きであれ

友人と本屋に立ち寄った折、「人間は自己肯定感が10割」と書かれた帯を見つけて笑った。肯定感の「こ」の字も知らない我々は、「人でなし」の烙印を押されたことになる。この先は、畜生という自覚をもってひっそりと生きてゆこうと思った。 さて、それぞれの…

感想40『斜陽』

64. 太宰治『斜陽』(新潮文庫) 再読したい度:☆☆☆☆☆ 一言、圧巻である。本作は、貴族に生まれた女とその家族の破滅を描く物語だ。斜陽、すなわち沈みゆく太陽。まさに表題の通りである。夕暮れ前、物語の始まりはあまりにのどかで、明るく、上品だ。その印…

文芸ミュージカル「三毛子」へ参戦

どうも、廃人あらため俳人の者です。 一昨年にお〜いお茶新俳句大賞で佳作特別賞をいただいて以来、どうも賞をもらう機会から遠ざかっているなと不思議に思っていたが、それもそのはず、そもそもお〜いお茶新俳句大賞以外に応募していなかった。 今年はいろ…

感想39『雑談力』

63. 百田尚樹『雑談力』(PHP文庫) 再読したい度:☆☆★★★ 「コロナ以降、学生の雑談力が低下している」という話を大学時代の恩師から聞いて、雑談については自分でも考えたいと思っていた。そんな折、図書館で本書を見つけ、手に取った。 まず、雑談とは何か…

神ゲームことバイオハザードシリーズの感想列挙

最近、無二の友と会えていなくてお互いに「寂しい」と連絡を取り合っているのだが(恋人かよ)、今度彼と会ったときにやりたいことの上位候補はなんといってもバイオハザードだ。言わずと知れた神ゲーム。今まで彼とのバイオハザードにどれくらいの時間を費…

直感を疑わない

私の人生の「座右の銘」に突如躍り出た『直感を疑わない』(2022年の振り返り)への思いを語りたいと思う。 私は、選択するとか熟考するとか、何か人生の大きな決断と思われるようなことが得意ではない。だから、高い家電を選ぶとか、結婚するとか、家を買う…

感想38『海の見える理髪店』・『スケルトン・キー』

61. 荻原浩『海の見える理髪店』(集英社文庫) 再読したい度:☆☆☆★★ 六編が収録された短編集。2016年に第155回直木賞を受賞している。読みやすく、滑稽で、でもそれだけではない哀愁や感動がある。全体を通して感じたのは、会話あるいは語りで巧妙に話を展…

日本酒5『無手無冠 鬼辛』・『若駒』・『仙禽 さくら』

8 無手無冠 鬼辛 無手無冠 鬼辛 1800ml 超辛口・生原酒 高知・四万十「ダバダ火振り」の蔵元 鬼辛 超辛口・生原酒 Amazon 評価:おいしい(B) 日本酒度:+10 酸度:- 甘みを残さないように十分にもろみを発酵させて醸したという謳い文句のとおり、鬼気迫る…

紳士は手足から

コンプレックスとまでは言わないが、私は人より手が小さいことを昔から気にしていた。高校で野球部に入らなかった一因もこれだ。中学で使用していた「B球」の大きさが限界だった。硬式球はこれより大きくなる。送球に支障が出るに違いなかった。 どれくらい…

2023年の目標

例年通り、生活、仕事、趣味からいくつか目標を掲げたい。 【生活に関して】 1. 首〜肩〜背中〜腰の痛み軽減 昨年11月くらいから凝り・張り・痛みが我慢できなくなって、鍼灸・接骨院に通っている。鍼・電気治療とマッサージを毎週受けているが、折角通うな…

2022年の振り返り

振り返りをしないうちに年が明けてしまった。昨年の初めに掲げた6つの目標(2022年の目標 )に沿って一年を振り返る。 【生活に関して】 1. 保険に加入する→× 堂々の二年連続失敗。入る気ないなコイツ。いや、ずっとよくわからんのよ。いいじゃない、何も残…

感想37『冬の蜻蛉』・『峠の声』

59. 伊集院静『冬の蜻蛉』(講談社文庫) 再読したい度:☆☆☆☆★ あっさり読み進められるけど味わい深い、7つの短編が収録されている。料理に例えるなら、なんだろう、塩鍋だろうか。読みやすいのは、語りが淡々としているのと、定番の型に当てはめられる話が…

緑の閃光

私がグリーンフラッシュを見たのはこの海だった。 この海と一口にいっても、当然ながら太平洋は広大だ。洋上に浮かぶ船で体感するそれと、今こうして、防潮堤に腰掛けながら眺めるそれは、空間的には繋がっているにしても、果たして一括りにして良いものか、…

感想36『2017年版夏井いつきの365日季語手帖』

58. 夏井いつき『2017年版夏井いつきの365日季語手帳』(マルコボ.コム) 再読したい度:☆☆★★★ 図書館シリーズ。1日1句、全365句が味わえるようになっているのを、2週間弱で堪能した。取り上げられた俳句は写実的で基本的なものが多い印象。調べると年ごと…

感想35『遮光』・『魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?』

56. 中村文則『遮光』(新潮文庫) 再読したい度:☆☆☆☆★ 冒頭の印象はZAZEN BOYS『ASOBI』の世界観だった(曲を知らない方は下の動画を見ていただきたい)。主人公の男は、女や友達の話を全く聞いていない。バカのふりをして、でも研ぎ澄まされた感性を持ち…

埃舞い、光を掴む

息子が一歳になった。 彼にとっては自分の力でできることが増え、また我々はそれに応じて気付かされることが多い毎日だ。 彼の微笑ましい動作の一つに「手をぐっと握り、ぱっと開く」を繰り返すというものがある。光り輝くものを指して、我々大人は手をパー…

韓国くいだおれ出張記

異国の地へ6泊7日の「くいだおれ」の旅へ行ってきた(本当は仕事だよ)。 舞台はこちら。写真ですぐにおわかりだろう。そう、韓国は釜山の海雲台(ヘウンデ)である。 初日は到着が遅かったのでホテルでカップラーメンを食べながらビールを一杯。日本語や英…

感想34『神様ゲーム』・『出版禁止』

54. 麻耶雄嵩『神様ゲーム』(講談社文庫) 再読したい度:☆☆★★★ 妻の本棚シリーズにして、読み始めてから気づいたが、再読シリーズ。結末が衝撃的というか腑に落ちない内容だったことは覚えていたが、その結末自体はすっかり忘れていたので、二度目でも十分…

花火の終わり

故郷で毎年8月上旬に開催される花火大会が、今年は荒天で延期になった。代替日は約1ヶ月後の9月上旬だった。 当初の日程は乗船出張の直前であり、調査の準備などで忙しかったことと、感染対策でなるべく外出を避ける必要があったこととで、帰省を兼ねた観覧…

押し入れのヘビイチゴ

祖母の家は真赤な実に囲まれていた。 祖母はそれをヘビイチゴと呼んでいた。幼い頃はなんとも思わなかったが、今思えばなんとも毒々しい名である。 わずか1センチほどのその実を、祖母は丁寧に摘み取っていた。何とは無しに、私もよくそれを手伝った。 採っ…

感想33『文字禍・牛人』

53. 中島敦『文字禍・牛人』(角川文庫) 再読したい度:☆☆★★★ 図書館シリーズ。短編六編が収録された一冊だ。著者の代表作といえば『山月記』だろう。山月記が虎への変身なら、収録の『狐憑』は憑依、『木乃伊』は輪廻、『文字禍』は精霊、『牛人』は化物の…

感想32『陽だまりの彼女』・『午後の曳航』

51. 越谷オサム『陽だまりの彼女』(新潮文庫) 再読したい度:☆★★★★ 見慣れない本が私の棚に入っていたので、おやと思い手に取った。妻のものが本棚の整理中に紛れたことを数ページ読んで確信した。 学生時代に互いに恋心を抱いていた男女が、取引先との打…

計算の奇妙な空想

先日、食塩水の濃度云々の数学問題を解く機会があった。「濃度」の問題とくれば「しみずの表」を書くということが、私には刷り込まれている。しみずの表とは、し(塩)、みず(食塩水)、の(濃度)の3項目について、混合や変化の前後の値を埋めていったもの…

くせのはなし

人には必ず一つや二つは癖というものがあって、それらはあまりにも自分の言動に溶け込んでいるため、往々にして自分自身では気づかないものである。言い換えれば、癖は他人に指摘されて初めて気づくことがほとんどだ。しかし、普段ひとりになることが多い空…

友達百人

先日、私がいつものように、何か私の異常っぷりをありのままに見せつけたとき、そんなんだから友達が少ないんだ、と妻に言われた。そして息子の名を呼び、〇〇は友達百人作るんだもんね、と語りかけた。九ヶ月の息子は、なんのことやらただニヤけているだけ…

感想31『君の膵臓をたべたい』

50. 住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉文庫) 再読したい度:☆☆☆☆★ 本ブログを読んでくださった方から「私が再読したいと思うのはこの本だけ」と紹介いただいた一冊。ほか、何人かの友人知人からも勧められたことのある本だ。悔しいが、面白かった。悔し…

ソリの記憶、タライの笑い

昔、おそらく幼稚園にも通う前の話だ。冬、雪国が故郷の私は、友達と駐車場で雪遊びをしていた。 当時はアパート暮らしで、私は一階、その友達は二階に住んでいた。アパートは、駐車場から階段を五、六段ほど上がって一階の居室が並ぶ廊下にたどり着くような…