ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

感想16『黄金を抱いて翔べ』・『カラフル』

 

30. 高村薫黄金を抱いて翔べ』(新潮文庫

再読したい度:☆☆★★★

 第3回日本推理サスペンス大賞受賞作。二人の男が金塊の盗みを企て仲間を集め、実行するまでを描いたお話。迫力があってなおかつ緻密な描写が魅力的で、映画になりそうだな、と思ったら案の定すでになっていた。

 序盤、主人公に友人の男が金塊強奪の話を持ちかけるのだが、そこから細かな情景や心理描写、泥棒仲間とのやりとりが続いていき、なかなか泥棒の話が展開せずもどかしい。だが、すぐに金塊を奪ってしまっては話が続かないのは当然だし、なにより仲間をとりまく人間模様の描写が詳しくなってくると、そちらの展開にぐっと引き込まれていった。

 爆破あり銃撃ありとやることはダイナミックなのだが、記述は理路整然として静かなため、興奮がありながらも信頼して読み進められる。そんな「大胆さと繊細さの共存」の一例として印象深いのは、男たちが金塊強奪計画の相談をする一場面だ。友人の家に集まって、酒を飲みながら相談を進めるのだが、そこには男の妻子もいるのだ。妻は、男たちをただの友人か仕事仲間とでも思っているのだろう。話し合いには入ってこず、居間の様子に気を遣いつつ、少し距離をとっている。子供の方は無邪気で、来客に興奮し、ときどき男たちの輪に入り込み、風呂上がりには居間を走り回る。妻子のいる自宅で泥棒の相談をする。そんな日常に溶け込んだ非日常感が、なんとも言えない味わいとなり、ぐっときた。

 

31. 森絵都『カラフル』(文春文庫)

再読したい度:☆☆☆★★

 思わず学生時代を懐かしみ、目が潤んでしまう青春小説。なんとなく黄色の表紙が映えていたので妻の本棚より拝借した。初読だと思って読み進めていたら、3分の1を読んだくらいで、あれ、既視感がある──と思い始め、主人公の母の多趣味さ(、というか趣味の続かなさ)の記述が出てきたところで(なぜここが印象深かったかは謎だが)再読であったことを確信した。いつどこで読んだのか全く記憶にないが、自分で買ったものでないということは、いつかの船内でのことだと思う。

 生前、ある罪を犯した魂が、別人の身体に「ホームステイ」して生活する中で、生前の罪を思い出さなければならないというファンタジーだ。魂には生前の記憶はなく、自殺を図った直後だという「ホームステイ先」の中学三年生の少年の記憶ももちろんない。ガイド役の天使に助けてもらいながら、徐々に少年としての生き方に慣れていき、次第に家族や友人など、周りとの関係性が変わっていく。

「ホームステイ先」だから大胆に行動発言できる。素直になれる。考え方や表現の方法を少し変えられれば、自分(この作品では、これが誰なのか、というところがまた核心な訳だが)は変わることができる。少年としての生き方を通して、魂が一つの答えを導き出すとき、薄暗かった世界はさまざまな色に満ち、『カラフル』に変わる。

 色に関する描写の巧みさには鳥肌がたったし、終盤の主人公と周りとの対話では思わず泣いてしまった。通勤中の電車で朝から鼻水ダラダラだった。マスクが当たり前の生活になって、初めてよかったと思った。

 思い出せない初読のときから、自分が変わったからだろう。今回はこの作品の素晴らしさが自分なりに理解できたと思う。もう、読んだことは忘れない。折に触れて、思い出したくなる一冊だった。

 

 

黄金を抱いて翔べ (新潮文庫)

黄金を抱いて翔べ (新潮文庫)

  • 作者:薫, 高村
  • 発売日: 1994/01/28
  • メディア: 文庫
 

 

カラフル (文春文庫)

カラフル (文春文庫)