ライ麦畑で叫ばせて

日常・回想・妄想・数学理科・社会・思考の道草 を軸に書きます。

模倣と創造

 

 かの有名な物理学者アイザック・ニュートンは、運動の三法則に基づいて古典力学の基礎を確立したことで知られる。彼が提唱した三法則のうち、第二法則は「運動の法則」と呼ばれる。「運動方程式」といわれると、ああ、あれか、と思われる方も多いだろう。法則を数式で表現すると以下のようになる。

   ma=F

ここで、mは物体の質量、aは加速度、Fは物体にはたらく力を表している(aFはベクトル量だ)。この運動方程式の意味するところは、「質量mの物体にaの加速度を与えたのは力F」ということである。

 さて、世の中には数え切れないほどの「なぜ」がある。なぜ、地球は丸いのか。なぜ、勉強しなければならないのか。なぜ、私の財布の中には207円しかないのか。なぜ、我々は生きるのか──。無数に存在する「なぜ」のなかには、私が一度も疑問に思ったことがないようなものもある。また、明確であれこじつけであれ答えを出せるものがあり、一方で、考えても考えても答えを出せずにいるものある。

 なぜ、「ma=F」なのか。こういった「なぜ」をもったことがある人はいるだろうか。なぜ、「sinθ=cosθtanθ」なのか。なぜ、「1+1=2」なのか。なぜ、「りんごは木から落ちる」のか。

 これらの4つの疑問のうち、1つだけ、実は「考えても意味のないもの」がある。皆さんはおわかりだろうか。答えは、「なぜ、『ma=F』なのか」という問いである。

「なぜ」かといって、それは「ma=F」が「定義式」だからである。あらゆる物体の運動をうまく表現し、考えられるようにするには、質量、加速度、力の3量にある関係をもたせればよいことにニュートンは気づいた。そして、力というものを式のように定めたのだ。上記の式の意味を書き換えるなら「質量mの物体にaの加速度を与える力をFとする」とでもなろうか。

 ちなみに、他の3つの「なぜ」には答えがある。あるものは「定義式から生まれる公式」だったり、またあるものは進んで理解しようとは思わない「数の真理」だったり、幾度となく行われた実験から立証された「実験式」から説明されるものだったりする。これらを1つずつ説明するのは些か冗長であろうが、1つの「なぜ」の根拠たる「実験式」について少しだけ言及するなら、実はこれも「定義式」同様、疑う意味がない。それは、現状(この宇宙空間・地球上・気温・気圧──)において、その式がいう関係性は揺るぎないことが実験により証明されているからだ。

 先人が決めたものは、その関係を疑問に思う必要はない。上手に利用させてもらえばよいのだ。計算するときも、「この式は定義だから」、「この式は成り立つことが確かめられているから」というふうに、自信をもって使ってしまっていい。逆に、その関係が導き出された根拠・源泉がある場合には、それが何なのか疑問に思い、解決しておくべきだといえる。

「なぜ」を考える必要のない原理や法則などのまったく新たな知識、それを見出す「創造」は、実のところ非常に困難といえる。「新製品の開発」や「最先端の研究」といわれるもの多くは、新たなものを見つけ出し生み出すことに変わりはないが、これらは根元たる原理・法則の「模倣」からなるものが多い。「〇〇定理の拡張・展開」や「〇〇の作品のオマージュ」、「〇〇という生物の特性の応用」、といったものは、「創造」されたあるものをまねてみた結果、良いものが生まれたのだと解釈できる。これは、未開の地にある壮大な山を発見し、崖に一歩足をかけることと(創造)、その崖を登り切るために1つ1つはしごをかけていく(模倣の産物)ことに似ている。

 多くの人間は、おそらく何か新たなものの創造をなし得ない。だが、それを残念に思う必要はないように、最近私は思う。新しい解析をはじめるにも、まずは手法をまねてみればよいし、もっといえば先人たちが使用したのとすっかり同じデータと手法で、同じ結果になるのか試してみてもよい。文章を書くのにも、良いと思った表現や言い回しは留めておいて、敬意をもって自分の文に織りまぜてみてもよい。

 そうした模倣の先に、原理を発展させた有用な公式が生まれ、少し違った現象の解釈が生まれ、「これはこれでなかなかおもしいじゃん」と思ってもらえる文章が生まれればよい、と願っている。

 最後に、この記事を書き始めるにあたり、「模倣と創造」という言葉を調べてみた。すると、この表題をもつ書籍や文章がすでに多く存在していた。今回はそれらにあえて目を通すことをせず、自分なりの模倣と創造を記したつもりである。既存の同表題の作品たちは、私の拙文よりももっと興味深く感心する内容であるに決まっているから、この機会にぜひ拝読させていただきたいと思っている。また、記事を書き終えてみると、この内容は以前書いた記事(ゆけゆけアマゾン調査隊 - ライ麦畑で叫ばせて)とも関連していそうだった。一緒にご覧いただければと幸いである。