"What's your favorite ○○? "
この英文、中学校を卒業した方なら必ず一度は耳にしているはずだ。
「あなたのお気に入りの○○はなんですか?」
○○には food とか sport とかを入れてきたのではないだろうか。
そして "OK, let's stand up!" と起立を強制されて、隣の席の人と質問・回答を三回繰り返すまで着席することを許されないといった苦行を強いられてきたのではないだろうか。
そんな忌まわしき強制アクティブスピーキングタイムの最中、皆さんを優しく包み心穏やかにした質問がただ1つ、あったはずだ。思い出してほしい。あったに違いないのだ。
どうだろう、思い出していただけただろうか?
"What's your favorite ship?(あなたのお気に入りの船はなんですか?)"
これだ! これしかない! さあ、声に出してもう一度! ワッツユアフェイバリットシップ? わっっっつゆあふぇぃばりっとすぃっっっぷ!?
さあ、皆さんのお気に入りの船は一体「何丸」だろうか? 日本丸? 海王丸? キング・オブ・キングス 丸?
頭の中に浮かんだ "Your favorite ship" にニンマリしている口元をビシッと引き締めて、今度は "Marine traffic" とインターネット検索してほしい。そう、今すぐだ。え? さっきから何言ってんだって? いいからいいから…ん? 下手くそな詐欺じゃないかって? 違う違っ…、大丈夫だから! オレだよオレ! 信じてくれよ!
さて、Marine trafficのページは開いていただけただろうか? 画面には地図上に赤や青や緑などの無数のマークが映し出されているはずだ。このマーク、実はすべて船の位置を示している。このページではなんと、世界中に存在する船の位置情報をリアルタイムで知ることができるのだ。やったね!
皆さんのお気に入りの船も、検索ボックスにローマ字で名称を入力していただければ、それが海賊船などの非認可の船でない限り、たとえ小型の漁船であっても位置を追跡することが可能だ。ちなみに私の今のお気に入りは "Soyo Maru" だ。今は何処にいるかな?
ある日の朝、こんな具合で当時のお気に入りの船を検索していたときだった。上司がふらりと私の席にやってきて「何してるの? えっ、これ○○丸の位置なの!? へえ、まわりの船もこんなに! 今はこんなのも瞬時にわかっちゃうの!? すごいなあ」と驚き感心していた。
そしてやがて「じゃあ○○丸は!? どこ!? どこにいるの!?」と口角泡を飛ばして私に検索を強いた。相当興奮していたようだった。
その日の昼食後、二人きりで歩く廊下で彼は唐突にいった。
「君はルパン三世知ってる? いや君の歳じゃ見たことないかもしれないなあ」
いえいえ、知っていますとも。大好きで暇さえあれば見返しています。そう心の中で思いつつ、適当に相槌を打つ。
「たぶんその最終回だったと思うんだけど、ルパンが盗んだ金塊ひとつひとつに仕込まれた発信機を逆手にとって、銭形を翻弄する話があったんだよね」
ええ、知っています! TVシリーズパート1の最終回『黄金の大勝負!』ですよね! とも取り乱すことはせず、また適当に頷く。
「発信機をひとつひとつ、別々のごみ収集車に放り込むんだよ。するとこれまでひと塊りでルパンの位置を知らせていたレーダーの信号がバッと散って、銭形はじめ警察がてんやわんや」
うむうむ。ところがルパンのアジトの場所が問題で……、と、ネタバレはしないようにしよう。……ところで、何故に突然ルパン? とも当然言わない。
「今朝みた、あの船の位置のやつ、なんかみたことある気がしてたんだけど、ルパンだ。発信機の位置を知らせるあのレーダーに似てるなと思ったんだよ」
上司が私の大好きなルパンの話をし始めたのにも興奮したが、感心したのは彼の話の引き出しの多様さ、話をつなげる発想力だった。
いつも真面目に仕事のことを考えているようで、実は映画もたくさん観るし、歌が好きだし、本も読む。そんな上司のような生活の方が、引き出しの数も、そこにしまうものの数も多くなって、会話の中で何かを思い出して関連づけるという楽しさが増えそうだ。
かといって、船の話をもちだすために、ふと思いついた英語の授業の一場面を導入に使ったのは力任せが過ぎたわね。あきれた!