年末年始を故郷で過ごし、四日ぶりに自宅に戻ると冷凍庫が壊れていた。
冷凍室の床や天井、壁についた霜を取ってやって様子をみたが、どうも駄目らしかった。購入して七、八年になるようだから、そろそろ寿命なのかもしれない。
年末に家に泊まった友人が厚意で置いていってくれたアイスクリームが四つ、どれも柔く融けかけていた。気温が低かったのが幸いして、完全な液体にはなってしまわずに済んだようだった。
あと二、三か月で引越すことになるから、どうにか騙し騙し使おうと思っているが、冷蔵室にまで影響が出てきてしまうと、それは流石に難しいだろう。
壊れたとまではいかないが、石油ファンヒーターもまた調子がよろしくない。室温と設定温度に差があり過ぎると、不完全燃焼ですぐに止まってしまう。止まってくれるのだから命の危険はないと信じているが、部屋が温まるのにえらく時間がかかるのでこちらも困ったものだ。
ああ、まずは替えを切らしたハンドソープやら柔軟剤やらを買わねばならなかった。
タイミングが良いのか悪いのか、電化製品も日用品も何もかも、買い替えの時期は同時に、しかも積極的には買いたくない折に訪れるような気がしてならない。
そういえば、家に泊まった友人にはヒーターの扱いを詳しく教えなかったが、年始に地元で飲んだときにも別段指摘はなかったので、無事に過ごしたらしい。
彼とは昨年投稿した互いの記事を改めて読み合って、此処が駄目だが其処は良い、其処が惜しいが此処は上手い、と切りつけては傷口に軟膏を塗り、それを洗い流しては塩を塗ってやるという毒にも薬にもなる議論でお互いを高め合った。
「人生をやり直せるならいつからやり直したいですか?」という質問をこの前されたが,基本的には,いつにも戻りたくない。きっと,そのときがいつも一番辛いから。
追想と捏造の狂想曲 - ライ麦畑で叫ばせて
この「そのときが一番辛いから」というのは誰の言葉だ? 友人が問うた。
俺の言葉だ、と答えた。
はあ、そうなのか。友人は驚いたようだった。
彼の反応を見てすぐに、これは目の前にいるこの男が、常日頃から言っていた言葉であることに気が付いた。
ああ、お前が言ったんだったな。なんだか人のふんどしで相撲を取っていたようで恥ずかしく、申し訳なく思った。
だが、弁明という訳でもないが、私はこの言葉にひどく同感し、私の思考の奥深くに沁み込んで沁み付いて、すっかり私の一部になってしまっていたのだ。
著作権云々に厳しいこのご時世だ、君は私を盗人となじるだろうか。
「盗人の昼寝」という言葉がある。何の目的や意味もなさそうに見える行為も、それ相応の思惑や理由がある、という意味の言葉だ。はて、寝るのは盗人に限ったことではないのではないか。
冷蔵庫だってファンヒーターだって、ときには眠りたくなるのだろうし、そしてそれは、我々の状況や境遇とは全く無関係のようであって、実は必然的な意味があるような気がしてならない。
融けたアイスはもう凍らないし、ハンドソープは今日も空のままで、帰った自宅は暫く寒い。彼の言葉が私の根幹にこびり付いて離れないのもまた然りで、私は無暗に盗人になった訳ではなく、そこには確かな理由がある。
そもそも、彼はきっと私を盗人とは言わないだろう。それが私と彼が長い間友人である所以であり、同時にそれは、私と彼がよく惰眠を貪る盗人同士であるということだ。