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ライ麦畑で叫ばせて

日常・回想・妄想・数学理科・社会・思考の道草 を軸に書きます。特に「妄想」は別のところでしっかりカタチにするのが目標です。

国境は別れの顔

日常

 

ついにこのときがきた。

このタイトルを使わせていただくときが。

 

ルパン三世TVシリーズのタイトルが極めて格好良くて,それらに鼓舞されて何度か拙文を書いてきた。

しかし,今回は順序が逆で,表題の「国境は別れの顔(TV第2シリーズ第58話)」が内容を含めてこの上なくクールで,このタイトルで文が書けるような出来事をずっと待ち望んでいたのだ。

アニメについてほんの少しだけ。

この話の主役は次元大介だ。ルパンは第1シリーズからずっと観てみたが,この回は個人的に全体を通して好きな話トップ3に入る。最初から最後まで,とにかく次元がカッコいいのだ。

皆さんにも是非ご覧いただきたい。 

いつもは「タイトルを参考にした」という事実だけを文章の最後に記していたが,今回は冒頭でそれを申し上げるとともに,内容についても述べさせていただいた。

 

さて,私の駄文の中身に入っていく。

前回の投稿でハワイのホノルルに滞在中であることを速報した。

出張の目的も最終的にはなんとか達成でき,一週間程前にホノルルに別れを告げた。

滞在は出国日を除いて4日間であった。

3日目に控えた用事のため,初日と2日目は準備やら事前議論やらで完全に打ちひしがれていた。辛うじて目的を終えた3日目と反省会の4日目午前は目まぐるしく過ぎ去り,その日の午後に晴れて自由な時間ができた。

 

全日程を通して仲間のいない一人旅であったので,時間があるからといってワイキキビーチではしゃぐイカした日本人観光客の方々に混ざる気にもなれず,かといってホテルに引きこもるのも癪なので,その時間は大きなショッピングセンターでお土産探しの散策をすることにした。

3年程前に一度訪れたことのある場所だったので,雰囲気を懐かしみつつ歩いていると,やがて何だが素敵な音楽が聞こえてきた。

その音色に誘われるがまま歩を進めると,辿り着いたのはこの類の施設でよく見かける典型的なイベントスペースであった。

 

キーボードにドラムが1人ずつ,ギターとベースが数人,サックスやトランペット,トロンボーンなどの管楽器が20人前後だろうか,その心地よい音を奏でる一団を,1階のスペースから吹き抜けの2階までを含めると100人以上の見物客が囲んでいた。

そして,その中心で演奏するのは,迷彩服に坊主やスキンヘッドという出で立ちの,屈強な軍人の方々だった。

 

曲が終わり,観客の拍手が響く。

続いて演奏されたのは,ムードのあるジャズだった。

演奏の虜になるのに時間はかからなかった。

首が自然に振れ,膝でリズムに乗り,曲の中に入り込んでいく。

 

やがて,テナーサックス(よく見るサックスより少し大きかった。楽器に詳しくないので恥ずかしながら定かではない)のソロが始まる。

なんて格好いいんだ―。

心臓を直接刺激して鼓動を速めるような力強い音色に,ただ茫然と圧倒されていた。

 

そしてここで,自分自身のある異変に気づく。

私の目に,何故か涙が浮かんでいたのだ。

 

演奏は進み,トランペットやトロンボーンのソロが続く。

どうして涙が出ているのか,一向にわからない。驚きだった。

悲しい訳ではなかった。音楽は楽しんでいたからだ。

 

アルトサックスのソロ。非常にカッコいい。

辺りを見回しても,当然泣いている人はいない。

私だって,ことあるごとに泣くようなヒトでは無いし,むしろ音楽で涙を流すのは初めてではなかろうか。

 

軽やかなピアノのソロ。

涙が目から溢れそうなのを必死に堪える。

泣いているのが他人に知れたらどうしよう。恥ずかしいぞ。でも,この曲は聴いていたい。

 

ギターのソロ。ベースのソロ。ドラムのソロ。

カッコいいんだぁ~。

もう自分の感情が良くわからない。誰か,私の感情の責任者を呼んでくれ…!

 

各楽器の音色に観客の興奮,私の謎の心情に涙,全てが絶妙に融合したサウンドに,その空間はぐにゃぐにゃと歪んでいた。

 

そして,曲は終わった。

ベンチに座していた人々は立ち上がって拍手を送る。

立ったまま聴いていた私はこれ以上どうすれば感動が伝えられるかわからず,ただ一心不乱に拍手をした。涙が頬を伝わないようにときどき目頭を押さえながら。

 

拍手が鳴り止もうかというとき,次の曲が始まる気配がした。

(これ以上聴いていたら,完璧に泣いてしまう…!)

そう思った私は,一団との別れを惜しむ気持ちがありつつも,逃げるようにその場を後にしたのだった。

 

帰り道,涙の原因について考えた。

「ギャップ」という言葉で形容するのはあまりにも軽率だろう。

筋骨隆々でまさに「強さ」,慣れない我々にとっては少しの「恐怖」の象徴である軍人の方々が,何とも繊細で美しくクールな音色を奏でている。その事実が,隣人愛というか平等無差別の慈悲というか,自分には有り余るほどの優しさに感じられて,自ずと涙が溢れてしまった。

もちろん,それまでに精神的に弱っていたことも原因だろう。客観的にみて,半ば病んでいるというか,情緒不安定的な振る舞いに思われる。

でも,逆にいうと,その弱さすらも温かく包んでくれる素敵な音楽だったということだ。

辛いこと,大変なことを経験し,そして不思議で優しいモノに触れたこの地との別れを,私は何処か晴れやかな顔で迎えたのだった。

 

さて,最後に物理的な別れをひとつ。

とにかく荷物を持っているのが嫌いで,「旅先で何か足りないものがあったら買えばいい」という友人がいるが,今回の旅ではそれの「裏」のような命題に従った。

「ものが多くなったら捨てればいい」のだ。この理念のもと,持って行った古めの下着やシャツは全て捨ててきた。捨てる前提で持って行ったものの,いざ捨てるとなると「まだ着られるのでは…」と,別れ際は些か悲しい顔になっていたことだろう。