ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

フィクション

緑の閃光

私がグリーンフラッシュを見たのはこの海だった。 この海と一口にいっても、当然ながら太平洋は広大だ。洋上に浮かぶ船で体感するそれと、今こうして、防潮堤に腰掛けながら眺めるそれは、空間的には繋がっているにしても、果たして一括りにして良いものか、…

押し入れのヘビイチゴ

祖母の家は真赤な実に囲まれていた。 祖母はそれをヘビイチゴと呼んでいた。幼い頃はなんとも思わなかったが、今思えばなんとも毒々しい名である。 わずか1センチほどのその実を、祖母は丁寧に摘み取っていた。何とは無しに、私もよくそれを手伝った。 採っ…

ソニックおじさんの杖に発電機を仕込んではどうだろう

今回は表題のとおり、ソニックおじさんの杖に発電装置を仕込んではどうだろう、という提案と考察をしたいと思う。そのためにはまず、ソニックおじさんとは何者かという説明が必要だろう。 ソニックおじさんは朝、我が家の近所に現れる老人だ。決まって、駅の…

気づけば元気

仕事で疲弊しきった友人と落ち合って、近所のスーパーに立ち寄ったときだ。 いつものように酒を選び、つまみのコーナーに向かった。 「最近、ナッツとドライフルーツにはまってるんだよ」 「俺も」「いや俺のほうが」「うまいよな」「うむ。それだけあればい…

名前のない男

洋上にて。船酔いをしない私だが、「実は、生まれてこのかた酔い続けているのかもしれない」というパラドックスを神妙な面をして口にすると、周りの人たちが失笑した。君は辛味を感じる能力とか、いろいろ感覚が壊れているからね。と先輩が皮肉った。おかし…

一泊二日、世界一周の旅

*この記事の内容の多くは虚構であり、史実とは異なる記述が含まれています。 先日鬼怒川温泉を訪れた際、東武ワールドスクウェアに寄って世界一周旅行をしてきた。今回はその旅をちょっとした知識を交えて振り返ってみたい。 1 自由の女神像 自由と民主主…

オレサマと豆の木

先日、友人と炉端焼きの店に行った。先の店でたらふく飲み食いした挙句、一度は改札の前まで行ったのに「やっぱもう一軒行くか」といってふらりと立ち寄ったのが、その店であった。 当然お腹は空いていなかったのだが、せっかくの炉端焼きだし何か一つは焼き…

新説 風が吹くと

風が吹く 風が吹くと木の葉が散る 木の葉が散ると落ち葉が増える 落ち葉が増えると可燃ゴミが増える 可燃ゴミが増えるとゴミ収集に時間がかかる ゴミ収集に時間がかかるとゴミ収集車の来るのが遅れる ゴミ収集車の来るのが遅れると朝のゴミ出しに余裕ができ…

知らないバンド学入門

先日、ある有名三バンドの夢の競演たるコンサートに行った。 この三バンドのうち二バンドは大変好きで、曲はよく拝聴するしパフォーマンスもライブや映像でよく拝見している。 その一方で、残りの一バンドについては情報も熱意も全くない状態のまま会場入り…

ポートランドに魔物は散った

先日、とある任務遂行のため、私はポートランドへと飛んだ。 その任務とはぷれぜんてーしょんと呼ばれる魔物の撃破であった。えいりあんと映画で戦っていたアレである。そんなものと戦わねばならぬ私の素性? それはここで皆さんに明かすことはできない。 な…

うねりの中

モウロが自らの力に気づいたのは、もうずっと昔のことだ。 荒野にぽつんと立つ枯れ木の上で、少し遠くの家々を眺めているときだった。 ほうら、またあの二人が腕比べをはじめたぞ。あそこ、あの窓の大きな家の前だ。今日はどうやら剣らしい。弓はあのノッポ…

岩城に笑いの花が咲く

今年の夏、友人らと4人で秋田県は由利本荘市岩城を旅した。 そのとき、悪ふざけが過ぎて私は手の込んだ「旅のしおり」なるものを作成し、その一部として「でたらめ観光案内」を書いた。 今回は、それをそのままお読みいただいて、岩城の魅力を皆様に是非知…

京都を盗め(3)

daikio9o2.hatenablog.com daikio9o2.hatenablog.com 夕刻,我々はハンバーガーショップにてコーヒーをすすっていた。 京都国立博物館ではこれといった情報は得られなかった。手がかりとなりそうな仏像の展示スペースは完全改装中であり,係員の目を気にしな…

京都を盗め(2)

daikio9o2.hatenablog.com 目的には二十分程で到着した。 「ここが三十三間堂だな」 「ああ。実は一度,ここには別の仕事で来たことがある」 相棒のSは自転車を駐輪場に停めながら言った。 そうか,と相槌を打つだけにして深く詮索はしない。この世界の相棒…

京都を盗め(1)

平凡な泥棒と優秀な泥棒の一番の違いは何か? 手先の器用さ,機敏さ,強靭さ,賢さ──。確かにそれらも重要だろうが,実は全て不正解である。 平凡な泥棒と優秀な泥棒の決定的な差,それは「事前調査力」だ。 完璧な下調べ無くして完璧な計画は無く,すなわち…

お手本はずっと昔に置いてきた

久々の投稿である。 良い報告は全く無いが,迫られていた用事はひと段落,書きたいことが初雪程度に積もっている状況だ。 今回は,以前の記事(習字セットの筆は今 - ライ麦畑で叫ばせて)に深く関連している。 先の記事を要約すると, ”あるアーティストの…

悲しみのまち

抜けるような空が眩しい。 早朝の陽射しが光る石畳の道沿いには,落ち着いたベージュの壁に鮮やかな赤い屋根の家々が整然と立ち並んでいた。 まちの中央に位置する広場には,モーニングコートやドレスを身に纏った老若男女が群れをなしていた。広場には空缶…

あの日と同じ風

マストになびく信号旗に憧れていた。 ずっと昔の話になる。私は海沿いの小さな町に生まれた。そろそろと細く弱々しい黒煙を上げる工場が幾つかと,そこではたらく者たちの住まい,あとは漁で生計を立てる世帯がちらほらとあるだけの町だ。 生まれ故郷の記憶…

ブルターニュの風は高く

2015年11月11日。 フランスはブルターニュ地方の港町,ブレストの海沿いに私は立っていた。 曇天になびく白と黒の旗と,それをじっと眺める老婆。 真実と妄想の英雄譚が,ここから始まった──。 昨年,フランスの研究機関に出張する機会があって,こ…

習字セットの筆は今

彼らはトーク中に「僕らの目標は結成序盤で達成されてしまって,そこから今までは惰性でやってます」的なことを語ってくれた。 惰性で国民的アーティストになれるのだから,その才能には嫉妬せざるを得ない。 先日,ある有名バンドグループのライブに行って…

巡る巡るは海のよう

負の要素が人を駆動する力というのは甚大だ。 成功や幸福なんかのポジティブな事象より,失敗,恐怖,失望などに突き動かされることの方が(少なくとも私は)多い。 私にも,スポーツというものに打ち込み,仲間たちと更なる高みを目指して血と汗と涙を流す…