ライ麦畑で叫ばせて

日常/数理/旅や触れた作品の留書/思考の道草 などについて書いています。

成金のゆび、貧乏人のゆび

 

 みなさんご存知のように、海水は水と塩により構成されている。そして、海水の特性を決める最も重要な量に、水温と塩分がある。ここで、塩分とは水に含まれる塩の割合、すなわち塩濃度を意味する。「分」が「濃度」の意味をもつので、本来、「塩分濃度」という言葉は正しくない。

 海は基本的に、軽い水が上、重い水が下、というふうに成層している。水は温度が高いほど密度が小さく、すなわち軽くなる。一方で、水が塩を含めば含むほど、もちろん海水は重くなる。

 水温と塩分というふたつのパラメータの影響に起因して、海洋では一見安定にみえても、実はすぐに不安定を起こしてしまう成層状態が作られうる。

 

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 上図をご覧いただきたい(手書きっぽくするのに苦労した)。今、冷たい水の上に暖かい水が乗っかっている。この海水の密度は塩分よりも水温に支配されているとすると、上の水は「高温かつ高塩」、下の水は「低温かつ低塩」という状態が成り立ちうる(塩分の重い・軽いへの影響が水温の影響に打ち消される)。

 

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 そんな成層が、何かの拍子にぴょこぴょこと波立ったとする。波の部分は性質の異なる水に囲まれることになり、すぐに水温・塩分の拡散がおこる。しかし、塩分は塩という物質自体(分子)が移動しなければならないのに対し、温度は水を媒体を通してどんどん伝わる。実際、温度の拡散の速さは塩分のそれの100倍程度といわれる。

 

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 するとどうだろう。上の水から来たぴょこは、すぐに冷やされるものの塩分の性質はなかなか変わらないので「低温・高塩」状態となり、一方の下の水から来たぴょこは「高温・低塩」状態となる。つまり、前者はものすごーく重くなり、後者はものすごーく軽くなる。結果として初めのぴょこぴょこした不安定はみょーんと発達することになる。

 密度に対する水温と塩分の寄与が逆転することにより起こるこのみょーんは「ソルトフィンガー」と呼ばれる。どうだろう? 格好いい名前だろうか? 微妙か? 私はもう耳にしすぎてよくわからなくなってしまった。

 

 さて、縦軸に財力をとる。金持ちが上、貧乏人が下に位置し、成層する。金持ちは欲深く、それに比べて貧乏人は欲がないものとしよう。

 何かの拍子に金持ちが散財し、貧乏人が金を得たとする。お金の出入りはあっという間なのに対し、人の欲深さというのはなかなか変わらないものだ。

 すると、金持ちは金がないのに欲を満たすためにさらに金を使い、貧乏人は使い方がわからず金を貯める。成金はあれよあれよといううちにボンビーに、貧乏人は瞬く間に金持ちになる。

 この不安定により生まれる衰退と繁栄をそれぞれ「成金フィンガー」、「貧乏人フィンガー」と呼ぶことにしよう。これは格好悪い。

 

 ところで、みょーんと発達したソルトフィンガーはそのまま伸び続けるかというとそうではない。その他の流れや擾乱の影響で、いずれは周囲の水と馴染むことになる。

 成金や貧乏人のゆびもきっとそうだ。盛者必衰、諸行無常なのだ。今は貧乏人の私が何かの拍子に金を得たとして、ゆびを上へ下へと伸ばすような、不安定な生活は送らないように自戒したい。