目的には二十分程で到着した。
「ここが三十三間堂だな」
「ああ。実は一度,ここには別の仕事で来たことがある」
相棒のSは自転車を駐輪場に停めながら言った。
そうか,と相槌を打つだけにして深く詮索はしない。この世界の相棒同士とはそういうものだ。
「ここで手掛かりを見つけるのは,正直骨が折れるだろうな」
駐輪場で聞いたSの言葉の意味を私はすぐに理解した。
お堂に並ぶは千体もの千手観音立像,風神・雷神に二十八部衆像,そしてそれらに囲まれひと際存在感を放つ千手観音座像。
確かに,この中から手がかりを探るのは至極困難のようだ。
「安い表現だが,これは壮観だな」
「ああ。国宝に重文,お宝だらけだ。これを狙っても十分金になりそうだ」
「だがどうだ,『木は森に隠せ』という」
「やはり臭いな」
我々は参拝客に紛れ,順路に沿って礼儀正しく調査を開始した。
「『観音座像』か。ようやく半分だが,何か見つけたか?」
横長のお堂には十列の階段状の壇がずっと続いており,そこに整然と観音立像が並んでいる。その観音立像の手前にはさらに風神・雷神,二十八部衆が等間隔に並ぶ。そしてお堂のちょうど中央に「観音座像」は安置されていた。
ここまで目にした仏像は締めて五百と十五体,座像が五一六体目か。
「いいや,全くだ」
Sがため息交じりに答える。私も右に同じであった。
人混みに流されながら「観音座像」を通過して少ししたときだった。
「おい」
「ああ」
この寺には阿形吽形が見当たらないようだったが,刹那それは我々であった。
「千体の観音立像の中には必ず会いたい人に似た顔がみつかるというそうだが,どうやらそれは本当らしい」
「違いない。あの像は古文書にあった『国の設計者』の肖像画にそっくりだ」
その観音像は入り口側から数えて六七列目,上から八段目に安置されていた。すなわち六六八体目の観音立像だ。その前には二十八部衆の「金毘羅王」が堂々と立っている。
「六七の八──。六六八──。金毘羅王──。何か意味があるのかねえ」
相棒Sが首を傾げる。
「うむ。金毘羅王てのは海神らしい。打上げが期待された高解像度海洋観測衛星の名がKOMPIRAになるというウワサもあった。まあ結局,予算等々の問題で打上げどころか製作もどうなるかわからないらしいがな」
「よくそんなことを知っていたな。事前準備の事前準備まで完璧って訳か。で,それが何かヒントになったのかい?」
「いいや,ただのウンチクだ。これだけじゃあさっぱり」
あーあ,と早々に金毘羅王の前を立ち去るSに私も従った。長居は無用だ,おそらく此処には。
梅の香りに導かれてお堂の周りを探ってみても,特に手がかりはなかった。
「三十三間堂てのは,『観音菩薩は三十三の姿に変化する』というのに由来するんだったな」
Sが梅の木陰で突然,口を開いた。
「六六八体目は,出口から数えると三三三体目だ。三にどうも拘りがあるらしい」
「なるほど確かにそうだ。『三』がヒントになるとすると──。年月日に時刻,住所や緯度経度,数字にまつわるものは無数にありそうだが」
「うむ。その時間,位置が臭うんだ。なんでもこの国では時間も位置も十二の動物で表現することが多いそうだな」
「十二支というやつか。時刻,方角──。ほう」
「遠まわしだが少々引っかかるだろう?十二支の割り当ては子(ね)を二十四時,そして北として表現するのが決まりだ。そうすると『三時』の方向が示すのは『艮(うしとら)』だ」
「すなわち北東,陰陽道では鬼が出入りするとして忌み嫌われる『鬼門』の方角か」
「木は森に,宝は宝の山に,ならば忌まわしき秘宝は忌まわしき方角に,かもしれん」
昂りから,私は情報屋の女から受け取った地図を乱暴に広げてみせた。
「此処の北東に位置するは──京都国立博物館か」
(しかし「三」からの特定は少々無理がないか?)
(実際のりょこ──事前調査の順番通りに綴るとするとどうにかして博物館をねじ込まないといけなかったんだ。そこは皆さん温かく見守ってくれるはずだ)
「なら,決まりだな」
「ああ」
次の目的地を急遽国立博物館に定め,我々はレンタサイクルにまたがった。
(次回へつづく)