ある蒸し暑い夜のことだった。私は暑さに悶えながらも眠りに就こうと奮闘していた。吹いているのかもわからない微風を求めて,家じゅうの窓という窓を全開にしていたが,涼しい風が私を撫でる心地よい瞬間は一向に訪れない。それでも私の眠気が優勢とみえ,うとうと,ようやく休めそうというところで,思わぬ伏兵が現れた。
「──のぉーっ!おらぁーっ!夜中にさぁーっ!」
誰かが窓の外で叫んでいる。その声色と口調から,声の主は年老いた男性であろうと思われる。
「みぃーんな大きな音を鳴らしてさ!アツくないでしょうが!」
ちょっと危ない酔っ払いが叫んでいるだけだろうか。初めはそう思っていたのだが,どうやら言っていることはしっかりと内容があるらしく,その言葉にいつの間にか耳を傾けている自分がいた。一体何だというのだ?
「この家も,この家も一晩中つけてさ!熱い空気を吐き出してさ!」
エアコンの室外機のことだろうか。
「昔はさ!エアコンなんか無くったってさ!生きていけたんだよ!」
何言ってんだやかましい。内容がわかったら苛苛で余計に暑苦しくなってしまった。
「このままじゃあさ!この惑星がさ!おかしくなってしまうよぉ!地球が壊れてしまうよぉ!」
どうやら地球温暖化を憂いているおじさんらしい。大変結構な心掛けだが,非常に残念,やり方が間違っている。現に,そのおじさんの声がうるさくて眠れない私は,開けていた窓を全て閉め,エアコンをつけて寝ることになった。
窓を閉めた後も,内容は聞き取れないものの,おじさんが叫んでいるということはわかった。結局一時間以上演説を繰り広げていたと思われる。この閑静な住宅街の端で,だ。
おじさんはその後も,特に蒸し暑い日に選択的に現れた。真夏には一日置きくらいの頻度で叫んでいただろうか。
「このままじゃあさ!この地球がさ!壊れてしまうよぉぉお!」
夜中の大演説を,近所の人はどう思っているのだろうか。今度出たら通報してやろう,と私は何度も思ったが,どうも踏み切れない。おそらくおじさんの言っていることが完全には間違っていないからだ。やっていることは完全に間違っているのだが。
このおじさんの話を聞いた遠くに住む友人は,「是非演説を拝聴したい」といって家に来たこともあったが,残念,その日はそこまで暑くなかったらしい。
「よっ!待ってました!」
「それから!よっ!あ,どした!」
「いいぞ,いいぞ!その通りだ!」
「そのまま政界進出だ!」
今度おじさんが現れたらこうやってはやし立てて,「こんなところでおっしゃっていても聞いている人はまだまだ少ないですよ。もっと駅とか,繁華街とか,人の多いところでお願いしますよ」といってあげよう。そうすれば,おじさんの夢見る地球防衛にもう一歩近づくだろうから。そうして私の睡眠を,もう二度と妨害しないでほしい。
はい,ノンフィクション物語でした。ありがとうございました。
先日,早くもこのおじさんが現れましてね。まだ涼しくて窓を開けていなかったので内容はわかりませんが,何かにお怒りのご様子でした。
夏に向けたウォーミングアップといったところでしょうか。今年もきっと活躍してくれるのでしょう。
今から憂鬱で仕方ありませんなぁ。